三月の雪・2
向い合せに立ち、あっと思う間もなくコートのボタンが外された。
坊ちゃまエドモンドの手からおじ様にコートが投げ渡される。
「坊ちゃま、投げるのはお行儀が悪い。それに――」
リリーが苦言を呈す途中なのに、エドモンドの両手が頬を潰す。
「こんなに冷えて。なぜ本館に行かなかった」
答えようにもこんなに押されては、うぶうぶとしか言えない。
「寒さを嫌うくせに、お前はいつも雪の日に出ようとする。私には理解しかねる」
目つきを鋭くするエドモンドに、ロバートが玄関扉を開け「エドモンド様、部屋は暖まっております。お嬢さんのコートは重いほど水分を含んでおります。お体も濡れているかと存じますので」と、入るよう勧める。
エドモンドは舌打ちでもしそうな顔をして、リリーを抱えあげた。
「歩ける、歩きます。その前に、これだけ。もうすぐで出来上がるの」
「ならん」
スノーマンの仕上げをしたいという願いは一蹴された。
「ええっ!? せっかく、ここまで作ったのに」
嘆くリリーに、いつもの馭者が手綱を握ったまま手振りで「後は引き受けます」と伝えてくれた。仕方がない。「お願いします」の気持ちを込めて、頭の外れたスノーマンを名残り惜しく眺めながら、後を託した。
まだ言い足りないのか、エドモンドは浴室まで来てリリーの髪を洗い、リリーが必死で断るのを受け付けず、湯舟で手足を揉んだ。湯を通しても身体が丸見えで、気が遠くなりそうなほど、恥ずかしい。
「もう、ひとりでできる」
「今更だ。身体を拭くところまで付き合ってやる。ああ、子供の頃のようにクリームも塗ってやろう」
良い――悪いとも言う――笑みを頬に浮かべ、リリーの頬をくりんくりんとする。気持ちがいい、目が閉じそう。でも恥ずかしい。
「坊ちゃまも、入る? ひとりだけ裸は恥ずかしいような気がする」
「その理屈は分からない。私は入らない」
じゃあ。リリーは、波を立てるように湯を押した。察しても避けきれずに、エドモンドはかなりの湯をかぶった。髪から湯を滴らせてぱちりと瞬きをした直後、浴室の空気が変わった。
「――そうか。『ここでしたい』という誘いに気がつかなかった私は、存外鈍いな」
何を言い出すのか。いつもは大好きな金茶の瞳が、どことなく怖い。
はっと気がつき「しまった、やり過ぎた」と思うと同時に、リリーは湯から立ち上がった。見えるとか見えないとか言ってる場合じゃない。
「ごめんなさい。出ます! クリームお願いします!」
「もう遅い。思い知れ」
急に上機嫌になったようにも思えるのに、背中がゾクゾクするのはどうして。意地悪をされたから、少しお返ししただけのつもりだったのに。
リリーはこの世の終わりを自分で招いた気分で、エドモンドが濡れた髪をかきあげ、張り付いたシャツのボタンに指をかけるのを、見つめるしかなかった。




