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今年の愛を伝える日には

 まだ出来ていないが、とリリーが渡された紙には、見てもよく分からない絵が描かれていた。謎解きだろうかと、首をひねる。


「ティアラだ」

「ティアラ?」

って何。


「髪飾りだ。式典や格の高い夜会で着用する。通常は当人の好みを取り入れるが、お前に好みなどあるはずもない。こちらで発注しておいた」


 よく見れば、その「ティアラ」を多方向から見た絵だった。

薔薇と百合が図案化されていて、たぶん泪形の無色透明の石が揺れる作りなのだろう。



「今日は『愛を伝える日』でございますから」

おじ様がそっと教えてくれる。


 すっかり忘れていたと、リリーは目をくりっとさせた。男性から花をもらってお返しはしなくていい日だから、花売りをしていた頃は絶対に忘れたりしなかった。

 あの日々が遠くなったのだと、そんな事で実感する。


 そしてこのティアラとやらは、お返しなんて出来ないくらいお高いのに違いない。


「喜ばないな」


ここで「わあい」と嘘をついても、坊ちゃまにはお見通し。


「紙だとピンとこない」

正直は美徳などではないと思うのはこんな時。


「本当にお前は食べ物以外喜ばない」と言われるが、そんなことはない。坊ちゃまからもらう宝石や装身具は、呪具めいた力が付加された物が多いので、警戒しちゃうだけだ。



「ならば」と、坊ちゃまエドモンドが言い終わらないうちに、おじ様ロバートがワインの瓶を運んできた。


 瓶にはラベルがなく、光を散りばめたように、ところどころがキラキラと輝いている。

「お手に取ってご覧ください」


 瓶の表面には今日の日付けと、大公家の薔薇が彫ってあった。


「これ……、すごい」

 光っているのは、貼り付けたか埋め込んだかした小さなガラスだ。息を呑んで灯りにかざすリリーに、エドモンドが満足そうにする。


「ワインはお前が公国杯で売り子をしていた店のものだ。王都に店があったので、ロバートに行かせた。秋には聖女リリアンのラベルで贈答用のワインが届く」


 ジョシュのお父さんの店だ。あの日、王国から来たと聞いたのに、すっかり忘れていた。


「この瓶も?」

「それは、こちらに戻ってから職人に細工させたものだ」


「飲んじゃったら、瓶もらっていい?」

「空では意味がない」

「そんなことない。大事にする」 


「そのおつもりで作らせましたから」 

ぼそりとおじ様の声がした。


 リリーとエドモンドが同時に顔を向けると、いつもの微笑があるだけで「なにか?」と言いたげな様子なので、聞き違いかもしれない。



「薔薇ジャムを練り込んだスコーンと、ジャムを挟んだクッキーがございますよ」


 聞いた瞬間、スカートを翻してリリーが駆け寄る。


「ですが。いささかワインとは取り合わせが」

「いい! すごくいい!」


目は菓子に釘付けながら、手にはワインボトルをしっかと握っている。


 エドモンドとロバートの視線が交錯する。エドモンドは見惚れるほどの微笑を浮かべた。


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