聖女の笏 貴公子の杖・2
警護員が場を落ち着かせるまで奥でお休みください。そう勧められて部屋にいた時に、スラリと抜いたその姿がカッコよかったのだと、リリーはうっとりとしている。
抜くような事態にと、顔色を失うほどの心持ちになるロバート。
少し離れた場所で、届いた手紙に目を通し始めたエドモンドが面倒そうに口にする。
「お前が笏を振り回そうとするからだろう。笏は棍棒ではない」
「重さと太さがちょうどいいの」
「私にわかるようにご説明願えますか、お嬢さん」
いいわ。リリーはいつかのように一人二役を始めた。
群衆が暴徒化するのを恐れて「ひとまず待機」となった。
「坊ちゃま、安心して。今日は私が坊ちゃまを守るわ。坊ちゃまには、指一本触れさせない!」
リリーはエドモンドを背に庇う形で、扉に向かって両手で棍棒――ではなくユーグ殿下に頂いた聖女の笏――を構えた。
言葉を失くすエドモンドに「坊ちゃまは丸腰だもの。いくら強くても剣の前には無力だわ」と、言い放つ。
見学者ロバートとしては「群衆に剣を持つ者がいるとは聞いておりませんが」と突っ込みたいところではあるが、演技中の女優に話しかけるわけにもゆかない。
「その点、私のこれは金物。叩かれたらすごく痛いと思うの。この間、足の上に落としたらびっくりするくらい痛かった」
言葉が終わるやいなや、リリー扮するエドモンドが、頭痛を堪えるような顔をしつつ、杖の持ち手を握り剣を引き抜く――もちろん今は仕草だけ。見るからに切れ味の良さそうな刃が、リリーの目をひきつけた――らしい。
エドモンドが自分の後ろまでリリーを引き戻して、斜めに振り返る。
「いいから笏はおろせ。お前に守られるようでは、終わっている」
「ひどい」
ここでこの一幕は終わり。ペコリとリリーが頭を下げた。
熱演に拍手を送るべきかを悩みながら、ロバートは新たに生まれた疑問をそのまま口にした。
「その群衆はその後?」
こうして帰宅できたのだから、何事もなかったのだとは思うが。
「二階の窓から、コレが笏を魔法使いの杖のように振りかざして『皆さん、ありがとう。また来ます』と何度か叫ぶことにより、沈静化した」
「坊ちゃまも一緒にね」
リリーが補足する。
そんな事で興奮が収まるとも思えない。リリーの笏を通じてエドモンドが何らかの術を使ったのだろうと考える。異能持ちでないロバートには見当もつかないが。
「それはようございました」
安堵するロバートの前で、リリーがエドモンドの腕を引っ張る。
「坊ちゃま、私もあの杖欲しい」
「お前に刃物を持たせると思うか」
「――思わない」
がっかりするリリーを微笑ましく眺めながら、ロバートの頭をかすめるのは、元は平民であるリリーを貶めようと、階級主義者が巧妙に計画したのではないかという疑惑。
「心配ない。その辺りはグレイがうまくやっている」
内心を読んだかのようにエドモンドが告げた。
「ジャスパーのお父様がどうかした?」
「いや、お前の友達のほうだ。茶会の誘いが届いている」
聞きつけたリリーをはぐらかして、手紙を手渡す。ジャスパー・グレイからの招待状は、ロバートが目を通した後だ。
「ロバートに都合をつけてもらえ」
良からぬ芽は表に裏に摘むに限るが、表はグレイ家に一任している。あの見どころある若者の出世は、リリーの平穏な生活に繋がる。
裏向きは「いつもの馭者」を中心に動いており、今のところ荒事はない。つらつらと考えるロバートの耳に和やかな会話が入る。
「よい友達を持ったな」
「うん」




