坊ちゃまと帰る家・2
「今夜はお前も早く休め」と言われたロバートは、寝る前に一度、暖炉の火だけ確かめておこうと、エドモンドの部屋へ入った。
暖かな夜具を使っているので、小さな火が朝まで消えなければそれでいい。
常夜灯としての蝋燭がひとつともる中、何気なく寝台に目を向けたロバートは、驚きのあまり半歩後退った。
主エドモンドの寝姿を覗き込んでいる人影。
曲者!? どこから。それより何より、至近距離で主が気が付かないことなど有るのか。
よくよく見れば、その人影は乱れ髪が頬にかかったリリーだった。
寝台に膝を折って座り、じっとエドモンドの寝顔を見つめているが、心ここにあらずというか、表情がまるで無い。
リリーによく似せて作った人形と言われたら信じてしまいそうだ。
いつからそうしているのか。静かに寝入るエドモンドを不思議に思いつつ、眠りを妨げないよう注意を払いながらリリーに呼びかける。
「お嬢さん、お嬢さん」
ぴくりとも反応しない。本当に人形のよう。ロバートが肩に手を触れると、すでに身体は冷えていた。
「お風邪を召します。エドモンド様の隣りにお入りなさい」
薄い夜着ひとつでは冷え切ってしまう。耳に届かない様子のリリーに、せめて何か着せようかとロバートが辺りを見回すと。
「ロバート、もういい」
薄暗がりのなかこちらを見るエドモンドと目が合った。
やはり。
「お目覚めでしたか」
「コレがこうして座っている時は、油断できない。いきなり前に倒れて顔を潰された事がある」
公国一とうたわれる端正なお顔に、何ということを。さぞかし驚いたのだろう。主はどこまでも真顔で言う。
「お前が見るのは初めてか。昔から時折あることだ。夜中にむくりと起き出して、じっとこちらの様子を窺う」
微動だにしないリリーだが、エドモンドは声をひそめる。
「夜中に目を開けた瞬間、無表情のコレと視線が合うのは、私でもゾクリとする」
ロバートにもそれは分かった。恐怖ではなく別の何かだ。
「魂が抜けて骸のようだと思った夜もあれば、コレが私を見定めていると感じた事もある。コレはただ寝ぼけているだけなのだろうから、私の気持ちが投影されていると考えるべきだ」
不意にリリーの体が揺れて、ロバートは咄嗟に肩を掴んだ。エドモンドも手を伸ばしかけている。
「坊ちゃま……」
人形が細い声をあげた。
「なんだ」
低く穏やかにエドモンドが問う。
「だいじょうぶ?」
何がどうと言わないのは、やはり寝ぼけているのだろう。ロバートは肩を両手のひらで包む形に変えた。これしきのことで温まるとも思えないが、せめても。
「何の心配もない」
端的にエドモンドが応じる。
「おじ様は」
返しても良いものかどうか。寝言に返事はしてはならない、と言われもする。ロバートの代わりにエドモンドが教えた。
「もう寝ている。だからお前も休め」
リリーがほっと息を吐く。
「寝ても死なない?」
小さな声だ。
「朝になったら目覚める。覚めなければ起こしてやる」
「ぜったい?」
「必ずだ」
さあ気が済んだなら入れ。と、エドモンドが膝に乗る細い手を引く。もぞもぞと潜り込みながら「そこ違う。手はこっち」と細かな位置にこだわるのが、ロバートには妙におかしく感じられて、どこかほっとする。
すぐに寝息が立った。本当に寝ぼけていたらしい。
黙って退出すればいいと知りながら、肩周りの上掛けを整えて隙間を塞ぎなどしてみる。
「幸せな眠りが訪れますように」と口中でつぶやいて、寝台を離れ際「それは私とお前次第だ」と聞こえたように感じたのは、気のせいだろう。
ロバートは一礼して扉を出た。




