クリームの誘惑リリーの野望貴公子の思惑・3
「坊ちゃま、クリーム」
リリーがねだるとおりに、エドモンドは口にクリームを運んでやる。
公国一の貴公子を相手にして、聞きようによっては尊大であるのに、大きく口を開けた様子は、まさしく餌をねだるヒナだ。
まだ小さい頃。食べさせてもらおうと、パカリと顎が外れそうなほど大きく開けたリリーを見て、エドモンドが「普通でいい」と言った時に、こんなやり取りがあった。
「スプーンがお口につかないようにしてるの」
「行儀が悪い」
「だって、舐めちゃったら汚い。坊ちゃまも同じスプーンで食べるのに、ほかの人のヨダレがついたらイヤでしょう?」
いえ、スプーンなら何本でもありますので、一本をおふたりでお使いにならなくても。と、言うべきか迷うロバートを、主エドモンドが目で制す。
「唾がつかなければ、同じスプーンでいいのか」
リリーがしたり顔でうなずく。
「みんなで食べる時はそう」
坊ちゃまはそんなことも知らないのかと、不思議そうな顔をしている。子供には子供のルールがあるらしく、主はそれを尊重しているのだと、ロバートは解釈した。
「スプーンの使い回しは、するものではない」などと教えても、リリーの住む地域の子らには通らない話だ。
今もその習慣は抜けないらしく、リリーは女の子とは思えない大口を開け、エドモンドはリリーのルールに付き合っている。他で食べさせてもらう機会などないので、これはこれでいいのだ。
わざわざ同じスプーンでクリームを食べるのは、娯楽のひとつとしてだろう。
「あ! 坊ちゃま、今舌が触っちゃった。ごめんなさい」
嫌だったらスプーン拭いて、と詫びる。
「キスもするのに、スプーンだけ気をつけるのは今更ではないか」
当たり前の事をついに仰った、と思うのはロバート。
「キスは別もの。スプーンはだめよ」
全然わかってない。と、リリーが呆れ顔をする。
「お前の考えは、よく分からない」
淡々と切り捨てたエドモンドは、理解可能な説明が返るとは、もとより思っていなかったらしい。今度は紅茶のカップを口まで運んでやっている。
飲むために少し顎を出し唇を尖らせるリリーは、小鳥っぽい。
カップも同じものから飲むときは、別の場所に口をつけている。
「他人の飲み口に口付けるのは、イヤでしょう」
とこれまた常識のごとく言うが、どのみち同じ飲み物に口をつけているのだから――と言ったところで、始まらない。
「あ、坊ちゃま。そこ私が飲んだところだから、反対から」
リリーが指し図をする。
「――クリームがべったりとついている」
エドモンドの声につられてロバートが見れば、リリーの口にクリームがついている。これではカップにもつくだろう。
「なぜなら、坊ちゃまがお口に入れるのが下手だから」
「舐めるな」
「だって私のクリームよ?」
カップのクリームまで、舌で舐め取ろうとして、さすがに嫌がるエドモンドにカップを遠ざけられている。
クリームはいくらでもございますから。と、いつ介入すべきか。
今日が幸せであることは疑いようがない。
ロバートはまだ増えそうなクリームを抜き取ったシュー皮を見下ろした。




