クリームの誘惑リリーの野望貴公子の思惑・2
「シューの上を少しカットしておきましょう。そしてフォークとナイフではなく、スプーンだけをお出しすれば、皮が入れ物だとエドモンド様に伝わります」
ロバートの提案に、リリーの顔が少し晴れる。
「それならばいっそ、かわいい器にクリームだけを出してしまうのは? 固めるのに失敗したプリンだと思えば一緒じゃない? 皮は捨てられないから、おじ様が食べて」
そこまでしてクリームだけが食べたいのかと、感心さえするロバート。いらないものはくれるところが、子供らしくわがままで、これまた良い。
「さっきから、何をふたりでコソコソとしている」
いつの間にやら暖炉の前に移動したエドモンドが声に不満を滲ませる。
着替えた上着は極上のニット素材。胸に金の羊が小さく縫い取られていて、リリー気に入りの物だ。指で羊を押してみたり、頬ずりして感触を楽しんだりして遊んでいる。
最初は見間違えて「わぁ、金豚!」と叫んだのは、今思い出してもおかしい。最近は真似をして自分の上着の内ポケットにピンクの羊の刺繍を入れている。
「五匹五色入れたらどうだ?」とからかうエドモンドに、「そうする!」とリリーが飛びつき、ロバートが「ですから、子供に冗談は通じないと申し上げております」というやり取りを久しぶりにした。
そのうち「コレ用に羊バスローブを五色作れ」と言い出すのではないかと、ロバートは半ば本気で思っている。
先日、タイアン殿下がリリーのことを「魔王の生け贄」と呼ぶことがあると、ファーガソンから聞いたばかりだ。羊は洒落にならない。
「オーツの愛弟子」「エドモンドの踊り子」に加えて、またひとつ名が増えたらしい。
リリーの手についた傷はかなりよくなったのに、主エドモンドがいる時は使わせてもらえない。今も繊細な綿糸で作った白手袋を着けている。
そして「手袋をしたままでは食べにくいから」と、主が口に運んでやる。洞窟から戻って以来、同席する時は全ての飲食物がこうだ。
堂々と餌付けを楽しむ口実を見つけたエドモンドの上機嫌は、ロバートには手に取るよう理解でき、逆にリリーが「いつまでなの? これいつまで続くの」と聞きたがっているのも分かる。
が、家令であるロバートにとって優先されるべきは、リリーお嬢さんより主エドモンド。
「もうしばらくご辛抱ください。慣れてしまった方が早いかもしれません」とは、まだリリーに伝えていない。




