クリームの誘惑リリーの野望貴公子の思惑・1
シュー生地と呼ばれる絞り出した生地は焼くと内が空洞となる。そこにクリームを詰めるのだが、クリームの量は王国各家庭によって差がある。
もちろんリリーの好みは、持って重いほど中にクリームが詰まっていること。そして。
「ねえねえ、おじ様」
機嫌をうかがうようにして「ずっとしてみたいと思っている事があるの」と、打ち明けるリリーお嬢さんは今日も大変お可愛らしい。
ロバートは、街の家に来ていた。息子エリックと入れ替わりなので、「父さん、何やってるの」という微妙に冷たい視線を向けられる心配もない。今日は存分にお嬢さんの頼みを聞こうと決めるのにかかったのは、瞬きほどの時間だった。
「どのような事でしょう」
この上なく感じの良い微笑とともに返せば、もう目敏く見つけていたらしい今日の午後のお菓子をじっと見てリリーが言う。
シュー皮と呼ばれる外側を食べずに、中のクリームだけを食べたいのだと。
「だって、おじ様。あの皮甘くないのよ。ぽそっとしてて少し塩気もある気がする」
あれはクリームを入れるための器で、美味しいのはクリームだけだ。と主張するが「甘いものがそこまでお好きじゃないと、皮があった方がいいと思う人も若干名いるかもしれないことは、認めなくもない」と、極々婉曲に「異論は認める」と付け加える。
それがまた、ロバートから見ればいらない言い訳で、おかしい。お行儀は別として、そのくらいの夢なら叶えて差し上げたい。
先だっての「リリアン聖女を公国にお招きするための打ち合わせ」で、和やかに主張を通せたのはリリーお嬢さんのお手柄だと、ウーズナム氏から聞いている。
「一度クリームだけ召し上がってみれば、シュー皮の良さやクリームとのバランスなどが、わかりやすいかもしれませんね。今日は、クリームだけ召し上がっては」
ロバートがもっともらしく述べれば、リリーの顔が輝いた。
「そうするわ! おじ様!」
「そうなさいませ」
つい今しがたキラキラとしていたリリーの顔が曇っている。
「どうして坊ちゃまがいるの?」
ツンツンとロバートの上着を引いて、小声でリリーが聞く。今日も比類なく気高い貴公子姿のエドモンドは、離れた衣装箪笥の前で外出着を脱いでいるところ。
「少し風が強うございましたから、早めに引き上げる方が多くそれに合わせた、と仰っておいででした」
と、主は言ったが、珍しくリリーとの時間が取れそうだったから、自ら率先して流れを作ったのだと、ロバートは読んだ。そして王宮に戻るはずが、出先からこの街の家へと直行したのだ。間の悪いことに。
「クリームだけ食べたら、坊ちゃまに叱られるから、今日はできない」
一度期待してしまったら、そこからの落胆は大きい。今にもベソをかきそうなリリーの頭を、よしよしとロバートは撫でた。




