聖女の今後は貴公子次第・6
リリーの鼻の奥がツンとする。坊ちゃま坊ちゃま、坊ちゃま。瞬きをすると、エドモンドが「なんだ」と言うように顔を上げた。
指で宙に小さなハートを描いて、エドモンドに届くようピンっと人差し指と親指で弾く。この遊びは子供の頃よくしたもの。数秒おいて、虫を払うような真似をするか、弾き返すか、摘んで床に捨てるか。その時々で違う。
おじ様は毎回両手で優しく受け止めて包む形にしてくれるのに、坊ちゃまはヒドかった。
苦情を申し立てると「くだらない遊びに付き合ってやるだけ、有り難いと思え」と逆に文句を言われた。
今も明らかに迷惑そうにしている。これは極稀にあった「ひょいと避ける」かもしれないとリリーが、期待していると。
横から出た指が、かすめ取るような動きをして、そのまま唇に押し当てる。
「え!? 食べちゃった!?」
声にならないリリーの心の叫びは、ちゃんと届いたらしい。タイアンがニヤリとして、お返しとばかりに唇を尖らせた。「ちゅ」と音こそしないものの、まさかの投げキス。
リリーが首を傾けてよけると、ますます可笑しそうにする。隣りにいる兄から冷ややかな気配が立ち昇っても、どこ吹く風という様子だ。
なんだか他からも視線がうるさい。リリーが出どころを辿ると、ユーグだった。「私にも、同じ事をしてみるがいい」と主張する。しっかりと目撃されていた。やめておけば良かったと悔いても遅い。
同じ形では芸がないと、少し考えて、お花の形にして飛ばす。怪訝な顔をしたのはそれが何か分からなかったわけではない、と思いたい。
数秒おいて手の平で受けると、左胸におさめる仕草をするユーグ殿下はどこまでも王子様だ。
そして。この溢れんばかりの圧には覚えがある。おじ様とばかり仲良くしていた時の、坊ちゃまだ。入れて欲しいなら言えばいいのに、言わないのが坊ちゃまなのだ。
リリーは急いでエドモンドに話しかけた。
「殿下、殿下にはお友達はいますか」
「いや」
エドモンドが即応する。
「遊んでくれる人は?」
「ない」
瞬きもせずの一言。
「では、私がお友達になります。ずっと一緒に遊ぶ。私がいないと寂しくなっちゃうくらい」
だから、ご機嫌をなおして。
「子供は大きくなると、私とは遊ばなくなると聞いたが」
早口なリリーに対して、エドモンドは普段よりゆっくりと話す。
「私、もう充分大きいわ。でも一緒に遊びたい。ずっとずっと一緒にいたい」
「そうか」
限りなく優しく響く「そうか」をリリーが噛みしめていると。タイアンが小さく挙手した。
「私も。実は私にも友人がいない。兄弟揃って人付き合いが悪いとは、困ったものだ。私も友達に加えてくれないかな」
坊ちゃまエドモンドが勢いをつけて真横を向くのは、威嚇なのか。そしてこの「加えてくれ発言」は、本気なのか嫌がらせなのか。
またもや面倒を引き起こしたとリリーは理解した。




