聖女の今後は貴公子次第・5
「『他には』と聞いたところ、『可愛がってくれそうなところ』と答えた」
まだ続くのかと、リリーはポカンと開きそうになる口をぐっと締めた。タイアンは握り拳を口元にあて「失敬」と断りをいれる。
リリーの角度からは、笑いを堪えているのがしっかり見えた。そして進行役の紳士の表情が微妙なのは、色っぽい方向にとったせい、絶対。
あんなくだらない会話を詳細に覚えていなくてもいいのに、と恨みがましく思うリリーに、ユーグが「任せておけ」とばかりに力強い目配せを寄越す。
違う、全然通じていない。だからといって、できることは何ひとつない。
「エドモンド殿下。貴殿はリリアン聖女について、どのように思っておいでだろうか」
ユーグの朗々とした声が響いた。タイアンがくぐもった咳払いをし、顔を背ける。誰の目にも笑っていると明らかだ。
一方、エドモンドは眉間に縦皺を深く刻み、脚を組みかえると、椅子に深く座り直した。すっと目を伏せる。
ゴクリと誰かの喉が鳴った。
「さて。我が国では人前でそのようなことを口にする習慣がないのだが。それが王国の流儀ならば、この国にいる以上ならうしかあるまい」
独り言のように、誰にともなく告げる。
「まともな親もない娘がいる。身分もなく力もなく、金もない。そして気立てがいいなど、奪われ騙されて利用されつくす将来が約束されているようなものだ。なまじ能力があるばかりに、目端のきくものに目をつけられ搾取される生涯」
リリーの背筋がヒヤリとする。目に浮かぶように思われるのは、セレスト家の持つ力なのか。それとも心のどこかでずっと危惧していたからか。
誰もが固唾をのんで続きを待つ。
「頼る先を求めて組織の一員となったなら。組織は守ってくれもするが、使い潰しもするものだ。そして不要になれば切り捨てる。良し悪しを言うのではない、組織とはそういうものだ」
教会も組織のひとつ。沈黙が積もる。再び破るのはエドモンド。
「私とコレには縁があった。私には、してやれるだけの力がある。父と兄は国を守り民に責任を持てばよい。では、私は。兄がいて弟がいて、私が成さねばならぬ事は何もない」
伏せた睫毛が頬に陰りをつくる。
「ならば、少女ひとりに責任を持つのもいいのではないか。もし私が何も持たない少女を救えるのなら、この生は無駄ではない。冬には凍えないよう暖を与え、飢えさせることなく、悲しみや苦しみから遠ざける。身寄りがないのなら、私がなってやればいい。これに、そうしたいと思った」
そんなところだ、と締めくくる。
揃って黙るのは、漠然と考えていたものとは返答が違ったからだろう。
タイアンは顎をひき、なにかしら考えるような顔つきになり、進行役も神妙にしている。
ユーグは気が抜けたように、ただエドモンドを見つめている。




