タイアン殿下とお茶を飲む
リリーは教会のお仕事、坊ちゃまエドモンドは公務と私用とで忙しく、顔を合わせる機会は少ない。
むしろ「非公式」を盾にふらふらと――は、さすがに失礼ならのびのびと――しているタイアン殿下と話す方が多いくらいだ。
タイアン殿下もいつの間にか王宮の客室に移っていて、エリックのいる街の家にもマメに立ち寄る。そのたびに買い物帰りらしいので、帰国時には馬車を増やすことになるだろうと、リリーは予測した。
「一昨日、内々の話し合いがあった」
タイアン殿下が買い求めた街で人気の菓子と、エリックの淹れたお茶で午後のひと時を過ごそうというテーブル。切り出したのは殿下だった。
「議題は『リリアン聖女の身の振り方について』」
まずリリーが感じたのは「思うより早い」だ。聖女誘拐騒ぎから一月。そろそろ十一月になる。秋冬の教会は何かと忙しい。先の話が出るのは、年が明けてからかと思っていた。
「通常、意見交換会は何度か行うものだけれど、エドモンドは一度で決める腹積もりだろう」
リリーは黙って耳を傾けた。
「この話をしに来たのも、エドモンドに言われて、だ。以前なら絶対に僕に任せなかったはずなのに、君の事で助力したのが信頼に繋がったかな。まぁ、父兄連合に対抗する為に、僕を取り込んでおこうというだけかもしれない」
答えに困るので、これも傾聴でやり過ごす。
「そんな些事はいいんだ。エドモンドが面白いことをしているなら、僕も加わりたい。それに取り澄ました姫君が義姉になるより、オーツの愛弟子の君が絶対的にいい。妻と気まずい日には、泊めてもらいやすいしね」
そんな夜があるのだろうか。タイアン殿下のおっしゃる事は、どこまでが冗談なのかわからない。これもまた聞くしかない。
「エドモンドの選んだ物を欲しがるのは、僕だけではなくユーグもらしい」
口元をほころばせると、からかっているように見えるのは、タイアン殿下の特徴だ。
リリーの目にはユーグ殿下ととても親しげに見えたのに、なんとあの洞窟が初対面だったらしい。「子供の頃の話を聞いたことがあったから、ついその印象で接してしまったよ」と軽く言ってのける。
ユーグ殿下はセレスト兄弟に振り回されてお気の毒だ。少しだけ困ったところはあるけれど、いい王子様なのに。
「でも、ユーグが君を気にするのは、わかるよ」
意味有りげな目配せに、リリーは警戒心を募らせ、エリックはコホッと空咳などする。気にする風でもなく殿下が続ける。
「揃って上品なご令嬢ばかり見ていると、毛色の違うものに惹かれる」
それは熱しやすく冷めやすいユーグ殿下と同じく、恋多き男性の発想だ。そんな気まぐれで手を出されて、飽きたとポイ捨てされるなんて、とんでもない。リリーが頬が引きらせるのを愉しげに見ながら、タイアン殿下がティーカップに指を添える。
殿下が食べないうちから、リリーが食べるのはマナー違反で、ここまでお預けの状態だったのだ。話はこれくらいという合図だろう。
「そんなに毛を逆立てなくても、大丈夫。エドモンドと正面切ってやり合う気はないよ。ほら、食べて」
今度は餌付け。わかっていても、甘いものは美味しい。リリーは一言も返さないまま、菓子に手をのばした。




