3つあったら選ぶのは真ん中・1
リリーが無事に戻った事を、リュイソー聖女は涙を浮かべながら喜んでくれた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいでご迷惑を」と繰り返す姿は、優しく美しいご令嬢そのものだ。
「お気になさらず。走れる私が代わるのは、あたり前です。こういうのは、向いている人がすればいいんです」
坊ちゃまに「お前程度で男の力に敵うわけがない。逃げ足を磨け」と、子供時分に言われて、心がけていた成果がここに出た。女の子は大人になると足が遅くなるものだけれど、リリーの体感としては維持出来ている。
「お役に立てて、よかったです。あのままリュイソー様を馬車に乗せて、ずっと心配しているより、よっぽどいい」
リリーがニコリとすると、リュイソー聖女はとうとう手で顔をおおってしまった。
一緒にいたユーグ殿下が、さっとハンカチを差し出し優しく言葉をかける。言葉に比べると表情がこころなし曇っているような。リリーは言い添えた。
「私なんかが浅知恵を働かせなくても、聖女派は立派な騎士団をお持ちですし、王家にも素晴らしい護衛隊がありますから、心配はいらなかったと思いますが」
騒動に坊ちゃまを巻き込んで、逆にご迷惑をおかけしたのかもしれない――ユーグ殿下には。
なんとなく、タイアン殿下と仲良しの坊ちゃまを見てそう思う。あのお二人は、あれほど気安くはなかったはず。
タイアン殿下の態度は変わらないから、これまで弟を邪険に扱っていた――ようにリリーには見えた――坊ちゃまの姿勢が変化したのだろう。
自国ではなくお互い「旅の空」で、しがらみがないのもひとつ?
坊ちゃまが、何かでタイアン殿下をいいように使おうと目論んでいる……なんて事はない……たぶん。
リリーが他ごとを考えながらたたずむうちに、リュイソー聖女の涙も落ち着いたらしい。
「とり乱して、失礼いたしました」
と照れる。取り澄ましたところのない自然な笑みだ。
「また、きちんとした席は別に設けるとしよう。今日のところはこれで」
殿下の言葉を合図に、「本当にご無事でよかったと」また涙ぐむ聖女を侍従が連れて退出した。
お茶でも? と聞かれて、辞退する。後でおじ様が梨をむいてくれる事になっているし、まだお腹はそれほど空いていない。
午前中に洞窟から王宮に戻った。湯をつかい一眠りしようと思ったものの、興奮しているのか少しも眠くない。
お借りした客室でゴソゴソしていたら、「リュイソー聖女が面会を求めている」と呼ばれての今だ。
坊ちゃまはタイアン殿下とご歓談中とエリックから聞いたから、しばらくはお邪魔しないでおこうと思う。
ユーグ殿下の頷きひとつで、侍従が部屋を辞し、応接室には殿下とリリーのふたりきりとなった。




