殿下と殿下と王子様・1
「そこに何かあるのか?」
声が増えた。タイアン殿下のそばには、他にも人がいるらしい。
「不用意に近づかないほうがいい、ユーグ。地に結構な深さの穴が開いている」
寄らない方がいいと言われても、言う本人が穴を覗き込んで話していれば、見たくなるものだろう。
「気安くユーグと呼ぶのは止めていただきたい」
「どうして? エドモンドはユーグと呼ぶのだろう? ならば僕だってユーグでいい」
会話から察するにタイアン殿下のお話し相手はユーグ殿下。
リリーがちらりとエドモンドを見れば、耳に入らないか無関係だというように袋に物を戻している。いつもはおじ様がするので、坊ちゃまがなさるのは珍しい。じっと見てしまう。
「足を滑らせて落ちることのないようにね。手間が増えるから」
「私は子供ではない!」
すぐ近くになった不満でいっぱいの声は、まさしくユーグ殿下だ。
悠然と立つタイアン殿下の隣から、そろりと顔がのぞく。
「ユーグ殿下――」
リリーは両手を大きく振った。さすがにここで「王子様――」と叫ぶ勇気はない。
「無事だったか」
ユーグ殿下の全身に安堵の色が濃くにじむ。
「ご心配をおかけしました」
言ってから「思い上がるな、お前の心配などしていない」と言われたらどうしようなどと、リリーの頭をちらっとよぎる。
「本当に無事で何よりであった……よかった……」
心から心配してくれていたらしく何度も頷く殿下の視線の先は、坊ちゃまだ。見られていると気が付かないはずはないのに、遮るように完全に背中を向けるのは、意図的なものと感じる。
どうやら王侯貴族の間では年長者を敬う気持ちが強いらしい。年下であるユーグ殿下の気の遣いようは、リリーからみればお気の毒なほど。
「上も片付いたようだし、行くか」
タイアン殿下もユーグ殿下もいなかったもののようにして、エドモンドがリリーを誘う。
左肩にかけた荷物は大きい。リリーのお腹に移動した分があるので、少し軽くなったかもしれないが、泥服が増えている。
「坊ちゃま、お荷物私も少し持つ」
さすがに血も止まったと思うし。
伸ばした手を見もせず、エドモンドがランプを左に持ち替え、リリーの左手を取る。
「お前が少し持ったところで、大した差はない。自力で歩いてくれれば充分だ、さすがに抱えては歩き難い」
手伝いの申し出をはっきりと断られ「少しくらいお役に立ちたいのに、期待されてない……」とリリーが声を落とすと。
「替えの服はもうない。服を汚さずにロバートに顔を見せる事が、お前の使命だ」
笑いもせず真顔でエドモンドはそう言った。




