坊ちゃまと私・5
そういえば。
「エリックもいれてあげないと」
エリックを忘れていた。おじ様と再会してからエリックの存在感が薄くなったような気がする。と、忘れていたのを人のせいにする。
「ボートに乗せてもらって。今みたいにピクニックして、ウサギを探して。リス、リスも見たい」
妙に冗舌になってしまっている自覚はある。おしゃべりが止まらない。
エドモンドが「わかった」と穏やかにリリーの肩に手を添えた。
「お前がそう言うなら、帰るとしよう」
言いながら顎を頭にのせたせいで、リリーには声が振動と共に直接響くように感じられる。
近くなった薔薇の香りを堪能して、急に思い出す。
「坊ちゃま、犯人は! 誘拐犯はどうしたの!」
リリーがガバリと身を起こすと、エドモンドは迷惑そうにのけ反った。
「気にしていないのかと思ったが」
「坊ちゃまにびっくりして忘れちゃっただけ」
「お前を探す途中でふたり出くわしたから、自由を奪っておいた。後から来たユーグの護衛が捕えただろう」
すっかりくつろいでしまったけれど。
「こんなにゆっくりしてて、いいの?」
「探しているのではないか?」
ことも無げに言う。
「そこにちょうど良く穴が開いている。試しに呼んでみたらどうだ」
驚くほど大声が出るのだし。と、からかわれて、リリーの口角が下がった。
灯りに生首が浮いていたら誰だって驚く
しかもその首は「血の匂いがする」なんて言うのだ。それは転んで擦りむいた私の手足のせいだったのだけれど。リリーは、ふうと息を吐き出した。
「あああ」と騒いだ後すぐに、抜いたままの剣を下げているのが目について。
「おおおおおおお!!」と叫び「うるさい。耳が痛い」と叱られた。
あれを見るくらいなら、首なし騎士に遭遇したほうがまだいいような気がする。口にして本当に出会ったら嫌なのでそれは黙っておく。
「『ここにいます――』って言う?」
なんて呼べばいいのかと、リリーはお伺いを立てた。大して考えもせず、エドモンドが返す。
「近くにいそうな者の名を呼んでみろ」
しばらく考えて大きく息を吸う。そして。
「おじ様――おじ様――」
「やはりロバートか。次は」
「エリック――エリック――」
「気を遣ったな。まあ妥当なところだ。次」
講評は不要ですと、内心で坊ちゃまにお断りする。せっかく呼んだのに誰からもお返事がない。
「ユーグの護衛が捕まえる」なら、ユーグ殿下も来ているのか。というよりもし近くにいらして呼ばれなかったら、ご気分を害するかもしれない。
「王子様――王子様――」
これで返事はなくても義理を果たしたので、リリーとしては満足だ。もう呼ばない、と宣言しかけたところに。
「おや、かわいい声が僕を呼んでいる。乙女の憧れる王子様といえば、それは僕だろうね」
ひょっこりと顔がのぞいて、リリーは腰をぬかしそうになった。
このタイミングなら、絶対におじ様を呼んでいる時から聞こえていたに違いない。
「久しぶりだね。オーツの愛弟子。今度はなにを始めたの?」
面白そうに見おろすのは、ユーグ殿下ではなく、ここにいるはずのないタイアン殿下だった。




