坊ちゃまと私・4
「羊騎士団はかわいいけど、やっぱり空を飛ぶのは無理だったの。金色じゃないと飛べないみたい。羊の足だと、ここまで来るのに何日かかる?」
羊は一日にどれくら移動できるのだろうか。そもそも方向感覚はどれくらいあるのだろう、物知りな坊ちゃまならその辺もご存知なのに違いないと、見つめる眼差しに多大な期待をこめる。
「お前の言うことは、さっぱり分からない。私にわかる言葉を使え」
面倒そうに軽くあしらわれた。こういう時は頑張ってもムダだと経験上知っている。後でおじ様に聞けばいいと、リリーは引き下がった。
「自分の力量は知ってるから、戦ったりしないで逃げに徹したわ」
「あたり前だ」
話す間にも、実によいタイミングで食べ物と飲み物が差し出される。
さすがに。
「もうお腹いっぱい。あとは坊ちゃまにあげる」
子供のように「坊ちゃまもどうぞ」をするリリーを、エドモンドが横目で睨む。
「食べ残しを人に勧めるな」
「口をつけてなかったら、それは食べ残しじゃありません」
「減らず口をたたくのは、この口か」
伸びた手に「あっ」と言う間もなく、唇を上下にむぎゅっとつままれるのは、何年かぶり。急におとなしくなったリリーに満足したらしく、エドモンドのしなやかな指が耳から頬を包む。
「怖い思いをしたな。言いたい事は幾らでもあるが、お前にしてはよくやったほうだ」
「鳥くらい頭が悪い」と子供の頃に言われてから、ヒヨコには成長がないと思っているらしい。誉められた気がしない。
それでも優しく言われると、しおらしい気持ちになり素直に「ごめんなさい」が口から出た。
「お前が無事ならそれでいい」とさらに優しいのに、金茶の瞳がキラリと光る。反射的に身構えたリリーにエドモンドが、どこか甘やかに続ける。
「目の届かない所へひとりで行かせた私の落ち度だ。お前が謝る必要はない」
なんだろう。次から紐の届く範囲しかお出かけさせてもらえない気がする。リリーは頭に浮かんだおかしな図を振り払った。
「私の小鳥」は「籠の鳥」という意味ではないと思う。たぶん。
「坊ちゃま……おうちに帰りたい」
頬に手のひらをより感じたくて、リリーは目を閉じた。
見たばかりの夢のなかの昔馴染んだ景色が、閉じた目蓋にありありと浮かぶ。振り切ったと思っても、すぐに転落する先としていつも口を開けて待っている、そんな気がする。
「帰りたいのは、どこだ?」
深く穏やかに響く。
「どこでもいい。街の鍵箱のあるお家でも、荘園のお家でもいい。おじ様と坊ちゃまと、前みたいに住みたい」
おじ様が先になってしまったのに、咎められはしなかった。




