坊ちゃまと私・2
三本目の瓶の中身はやはり水だった。エドモンドがリリーの両手にかけ洗い流し、すっかり泥が落ちると、下から擦り傷があらわれた。指先も所々にまだ血が滲む。
拭いた布につく血の染みに、エドモンドが眉をひそめる。
「汚しちゃってごめんなさい」
血の汚れは泥と同様、ついてしまったらなかなか落ちない。
お前は何を言っていると非難するように、エドモンドがため息をつく。
「そんなことはいい。着替えより手当てが先か」
血で服まで汚しては大変だ。リリーは申し訳なさに身を縮こませた。
重そうな袋から、傷の処置道具一式が出てきた。リリーの目には骨折した時の添え木まであるように見えたけれど、さすがにそれはない――だろう。
手だけでなく派手に擦りむいた膝にも薬を塗り、包帯まで巻く坊ちゃまは本当に器用だ。
「まるでお医者さまみたい」とリリーが言えば、「こんなものは一度見れば誰だって出来る」と言うけれど、そんなことはないと思う。
「血が染み出る。手は使うな」と、泥だらけの顔まで拭いてくれるのは、笑ったことへのお詫びの気持ちかもしれない。少しくすぐったい。
乾いたキレイな服に着替えて、髪も拭いてもらい、久しぶりのクマのお耳スタイルにする。
この髪型は何歳まで許されるのだろうと、お姉さんになった自覚のあるリリーが思っても、顔まで拭いてもらっておいて、そんなことは言えない。
赤白格子の敷布を広げ腰をおろせば、明るさもほどよくピクニックのようになった。
「坊ちゃま、重くなかった?」
大きな瓶が少なくとも三本。着るもの一式と靴。救急箱に敷布。他にもまだまだ入っていそうだけれど、全部は見えない。
そして今「お前は手が使えないから」と坊ちゃまがお手づから口まで運んでくれるのは、塩バター味のクッキーだ。ハムとチーズの挟まったパンはもう先に食べた。
食べる合間に尋ねる。口に次を入れられる前に話さなくてはいけないので、リリーは忙しい。
「ここ、すぐにわかった?」
「気配がした。そこここに釘が刺さっていて、抜くと『三』『四』と伝えるので順に追ってきた。使い途はないが、今回に限れば便利な術だ」
本数は数えながら刺したが術をかけた覚えはない。そう言おうとすると、コップが口元にきた。少し唇を尖らせて飲む。これでは親鳥にエサをもらう雛そのものだ。
「入口の供え物を踏みにじって、ここへ入っただろう」
花が潰れて散らかっていたと、エドモンドが続ける。
「暗くて見えなかった」
「獣が荒らしたようになっていた」
供え物。蹴散らしたのはわざとじゃないけれど、滑って転んだのはそのあたりかと思い当たる。
確かに上から光が筋状にそそぐこの光景は神秘的で、信仰の対象となっても不思議はない。
「これは……」
見上げるリリーの隣りで「やり過ぎだ」と、エドモンドが苦々しい顔をする。手元にある容器に入っているのは、皮を剥いて一口大にし、それぞれにスティックを刺したリリーの好物、香りの良い梨だった。




