聖女は逃げ出した・6
外で話す声がする。馭者は一人だったが、どこかでもう一人増えたらしい。
「聖女はどうだ」
「心配ない。『着いたら起こして欲しい』と言ってたが、よほど疲れたみたいで、よく眠ってる」
「なんも気づいてねえのか」
「当たり前だろ。そんな人を疑ったりするかよ、聖女が」
いえ、普通に疑いました。私だけでなくリュイソー聖女も。と言うわけにもいかない、リリーは我慢した。
ここまでくれば大丈夫と彼らが思うところまで来ているのだろう、二人の気楽な会話は馬車の内にいてもよく聞こえる。
「どうする。このまま街まで行くか」
――ぜひそうしてください、と願う。
「いや、あの街は昔の城壁がそのまま残ってて夜になると門を閉ざす。夜明けまで馬車道は通れない。ここで時間を潰して明け方に出る」
――願いとはそうそう叶わないものだ。
なら冷えるから火をおこすか、とひとりが言い、酒も食べ物も積んであるともうひとりが返す。
「聖女、見とくか?」
「いやいい、いい。起きてきたら、車輪の不具合とでも言いくるめるさ」
リュイソー聖女を世間知らずのシスターと侮っての発言だが、腹など立たない。侮ってくれたほうが都合がいい。
火で暖まって酒でほろ酔いになれば、油断が生じる。その隙に逃げ出す。ふたりを拘束できればそれに越したことはないけれど、やり方を知っているのと実際にするのは別物だ。逃げに徹すべきだ。そこは絶対に間違えてはいけない。
顔は覚えているから、戻ってから似顔絵を書いて手配をかけてもらえばいい。
坊ちゃまは「お前の絵は。何から教えればいいものか」とため息をつくけれど、言われるほど下手でもないと思う。だっておじ様は「お嬢さんにしか描けない絵で、何とも言えない味がある」と言ってくれるもの。
ゴソゴソと、男達が荷をおろしたりなどする音が響く。
まだまだ。急いては事を仕損じる、とリリーは深呼吸をして再び瞼を閉じた。




