聖女は逃げ出した・5
手荒なことをされるかと危ぶんでいたが、彼らはリュイソー(リリー)を騙して連れ去るつもりらしい。
夜を進む馬車では、どこを走ってどこへ行こうとしているのか見当もつかない。リリーはぐっすりと眠らないように気をつけていた。慣れない仕事で一日気を遣って疲れたのだから、うとうとは仕方ない。
走らせる人はともかく、馬は休ませるか替えるかしなくては、続けて走るのは不可能だ。
どこか少し大きい街にでもついて、馭者が素知らぬ顔で「休憩をとるので乗ったままお待ちを」と「リュイソーに」言ってくれれば、一番逃げやすい。
私には坊ちゃまの居場所は分からないけれど、とリリーは思考を深める。
今までの感じからすると、坊ちゃまには私の居場所がわかるはずだ。伝わる距離も位置の正確さも不明ながら、伝わることだけはまず間違いない。
それがリュイソー聖女の身代わりとなった最大の理由。
行方知れずと騒ぎになれば、捜索隊の規模は新人聖女より不動の一番人気聖女の方が大きいことは明白だけれど、人数が多ければ見つかるというものでもない。
連れ去りが身代金目的ならば、犯人が顔を見せている時点で、こちらを生かして返す気がないと考えるべき。馭者がどこまで関わっているのかは分からないが、顔は見ている。
聖女の力を求めているとしたら、最悪は異国の戦士の話だ。その国では娘の純潔を奪うと神の加護が得られ、戦闘能力が増すと本気で信じているらしい。
聖人教育の一環として聞いた時には、絶句した。文化の違いや迷信で片付けることを、リリーは断固として認めない。何がどうなれば、そんなバカバカしい考えにいきつくのか。
リュイソー聖女は間違いなく純潔を守っている。それならとっくになくした私の方が、何かあってもショックは軽い。もちろんその前に逃げ出すけれど。
王都からどんどんと遠ざかる――と思う――馬車の中で、リリーは心細さに耐えた。
公国にいる五匹の羊は服を着ている。坊ちゃまが「アレの使うものを作るのに羊の毛が汚れる。裸で外を歩かせるな、すっぽりと覆え」と言ったから。
羊を「裸」と言われて、牧童達はぎょっとしていたけれど逆らえない。実際着せてみたら素晴らしい効果があった。小枝も草も小石も毛に絡まないし、砂だらけにもならない。極上の羊毛となった。
今リリーを励ますのは、一号から五号まで、赤、青、黄色、緑、ピンクと服の色を着分けているその羊達だった。リリーの脳内では「五色のマント」を翻した羊騎士団が、主を助ける為に駆けてくる。
伝説の金色の羊は空を飛べると聞くから、この五色も飛んでもいいような気がする。よし飛んでしまえ。
そんなことを考えていると、馬車がゆっくりと速度を落とし止まった。走り出してから初めての停車で、リリーの胸がドクンと音をたてる。
羊騎士団の到着はまだ。
馭者台の軋む音がして、男が降りたようだ。リリーは窓から顔をそむけて脱力し、さも眠っている風に装った。




