聖女は逃げ出した・4
「エドモンド殿下に『お迎えお願いします』と伝えてください」
冗談めかしたリリーにリュイソーは真顔で「私の名誉にかけてお約束します。――あぶないことはしないでください」と約束した。
自分ひとりで悪党を捕まえるのは絶対に無理だとリリーも承知している。体術が出来るなどと言ってはみたが、実力のほどもこれまた充分理解している。
女性相手ならともかく男ならば、自分が勝てるのはよほどのお年寄りかひどい酔っ払いくらいのものだ。
「逃げることに全力を注ぐのでご安心ください」
「リリアン聖女は、絶対に何か起こると確信していらっしゃるのね」
それを言うなら。
「リュイソー聖女こそ。何の根拠もないのにこんなぽっと出の私を信じてくださるなんて」
「国教派は実力主義ですもの。少しものの分る人なら知っていることです。私はあなたに予知能力があると聞いたとしても、信じたでしょう」
公国で会った時には「ずいぶん気位の高い方だ」と思った。物真似までしたのは申し訳なかったかと、ちと反省する。
気位の高さは自分を大切にする事に繋がる。貴族の子女として当然のもので、リリーに欠けている部分だ。
馭者が待ちきれなくなっている。目の端に入れてリュイソーが小声で言う。
「お気をつけて」
「大丈夫な気しかしないから、ご心配なく。でもお迎えはお願いします」
リリーは重ねて頼むと、こちらから目を離さない馭者に軽く会釈して、リュイソーに背を向けた。
この馬車に乗るのは自分ひとりかと尋ねると「他の方はお仲間同士連れ立って乗られたんで」と、もっともらしい返事だった。
座席には先に預けた手荷物が乗っている。
「お行儀は悪いですが、せっかくひとりなら移動中は寝たいので、着いたら起こして頂けますか」
リリーの頼みを馭者は二つ返事で引き受けた。
内側から鍵をかけるのは止めて、窓の目隠しも開けたままにした。室内を確認するのに扉を開けられるより外から覗いてもらったほうがいい。
馬車が走り出すとすぐにリリーは手荷物をあらためた。ぱっと見にはわからないが、物色した跡がある。
リュイソー聖女の似顔絵を買わなくて良かったと安堵した。暗くてはっきりはしないだろうけれど、別人だと気が付かれる恐れがある。
別人だと気がついて放り出してくれるならともかく、逆上して怪我でもさせられたらかなわない。
硬貨はそっくり入っていたので、小袋ごとローブのポケットへと入れる。着ている法衣には釘が何本か入っているけれど、護身用にもならない。せめて小型ナイフがあればよかったのに。
それより。何か食べ物、焼き菓子とはいわなくてもキャンディくらい持ってきていれば良かったと、リリーは心から残念に思った。




