ヒヨコは小鳩になりません・3
エドモンドが自然にリリーの背中に手を添えた。ピクリとリリーが微動する。
「どうした」
周囲にも聞こえる大きさで、ことさら優しく尋ねる。
「坊……殿下、人がいるところで、いいの?」
伏し目がちに消え入りそうな声で確かめるリリーに、エドモンドの見事な微笑が返った。
「気にする必要はない。私の小鳩」
「小鳩!?」
声が先より少しだけ大きくなり、つられてチラチラとこちらを見る人がいる。リリーは辺りをはばかる素振りをして首をすくめると「小鳩」と繰り返す。
「おかしいか?」
楽しげに聞かれたリリーは困り顔だ。
「間違えて覚えたのかもしれないけど……。私が言わないと、教えてくれる人がいないかもしれないから。驚かないで聞いて」
言いにくそうに声をひそめる。見ようによっては気の毒そうでもある。
「ヒヨコは大人になっても鳩にはならないの。ヒヨコはね、大きくなるとニワトリになるのよ」
エドモンドが良い笑顔を見せた。
「そうか、ヒヨコと呼ばれたいのか。しかしヒヨコは、子供扱いしているようで他に聞こえが悪い。では、小鳩ではなく『私の小鳥』とするか」
「ヒヨコと呼ばれたいわけじゃ……。ヒヨコもちっちゃいけど、あれは小鳥とは普通呼ばない」
小鳥とヒヨコは別物です。と、リリーが助けを求める先はもちろんロバートだ。
「私の小鳩」とはつまり「私の愛しい人」と言う意味で、「私の小鳥」も同じこと。そう困惑するリリーに教えてやりたいロバート。
しかし、聞き耳を立てる人々に主が「聖女は私の気に入り」と主張しているのに、細々と説明できるはずもない。
「後ほど」と視線で伝えると、「あとで?」とリリーが小さく口を動かす。この場はこれで納めてくれるようだ。
小鳩も小鳥も驚くべき勢いで人々の間を飛び回ることだろう。パーティーが終わる頃には、集まった全ての人が「エドモンド殿下の小鳥リリアン聖女」の名を知るはずだ。
さて、これでまた聖女リリアンに取り入ろう、もしくは取り込もうとする者が増えるのは火を見るより明らか。仕事が増えそうだと気を引き締めるロバートだが。
さしあたっては、適度な距離をとろうとろうとするリリーと親しさを知らしめようとさらに密着したがる主エドモンドの攻防を見守ることにした。




