ヒヨコは小鳩になりません・2
公国一の貴公子は眉根を僅かに寄せた。
「さすがに大きく外しはしないと思うが。他の者に言葉だとわかるだろうか、あのピヨピヨが」
「いえ、むしろエドモンド様のお耳ににピヨと聞こえるだけで、他の方には少しばかり頼りない音程が愛らしい王国語の賛歌です」と、内心思うロバートが適切な返事を思案する間に、唇の動きを抑えた主が続ける。
「少し外すくらいは愛嬌というもの。臆すること無く堂々と歌いきれば最上だ」
誰にともなく言い聞かせる口調もまた、滅多に聞かれない類のものだ。
ロバートにはいつになく深刻な顔つきだと感じられるが、他からは常と変わらぬ涼しげな態度に見えるらしい。離れた場所からでも貴婦人方がため息をつくようにして見惚れている。
主が焦りを募らせることで、逆にロバートが冷静さを取り戻した。そこではたと気づく。
絶対に、絶対に声に出しはしないが「エドモンド様、それではまるで我が子の発表会を見守る親のようです」と。
歌と乾杯が済むなり、エドモンドは人目も気にせずリリーに近づいた。
「あ、坊……殿下」
すぐに気がついたリリーが「こんな人前でいいのだろうか」と問う感じで目をくりっとさせる。
「よく頑張ったな」
「上手に歌えてよかった」
労いを受け、ふわりと嬉しそうに笑いながら自賛する。
主エドモンドは妙なところが正直で、よく頑張ったとは言ったが「上手だった」とは言わない。
音程の怪しい箇所はあったものの大きく外すことはなかった。人前で歌うことに慣れていないのに、緊張してあれだけ歌えれば上々の出来だ、とロバートには思われる。
感動のあまり目尻に涙がにじみそうになったほどだ。
おじ様も誉める? と、ねだるようにリリーが見る。
「ええ。とてもお上手で感心致しました。練習もしていないのに、素晴らしいお歌でございました」
告げるロバートを、これまた正直に「嘘をつけ」とエドモンドが横目に見る。
「それほどでもないわ。このお歌、おじ様がお好きならまた歌うわ」と照れるリリーの愛らしさときたら、この上ない。
「お嬢さんは何を歌っても可愛らしいのですから、エドモンド様といえど余計な言葉は慎んでいただきたい」と思うロバートが何も言わないのは、お約束だ。
ただ、歌は王家賛歌以外でと切に願う。




