王子様にお茶に誘われたなら・1
新人聖女の講義と言っても、離れていた間にあったことを話すだけ。なぜなら坊ちゃまの方がよほど国教派に詳しいから。
「お前のさえずりが懐かしい」と言われたので、内容は大して重要ではなく話していれば何でもいいのだと理解して、リリーは話し続けた。
「膝に乗るか」と聞かれたのは、お断りした。「なぜ」と言わんばかりの視線が坊ちゃまだけでなくおじ様からも向けられる。
「暖炉の季節でもないのに、膝に乗るのはおかしいでしょう? もう子供じゃないんだし」
わかっていない二人を交互に見る。
「暖炉の季節には膝に乗るのか?」
坊ちゃまが念を押す。
「当たり前よ。だって暖炉の季節だもの」
暖炉の季節には、女の子はみんなお膝に乗るものだ。リリーは胸を張った。一冬会わなかっただけで、そんな事も忘れてしまうなんて、坊ちゃまは案外忘れん坊らしい。
公国を代表する形で来ているエドモンド殿下には、公務がしっかりと入っている。
日中の正装に着替えた坊ちゃまは「子犬を連れてきた。見たければロバートに言え」と言い残して、出かけて行った。
子犬? おじ様に聞こうとしたところで、訪問者があった。
「ユーグ殿下が、聖女様にお茶を差し上げたいと仰せでございます」
ユーグ殿下はこの時間お暇らしい。そしてお誘いはよほどの事情がなければお断りできない。何しろ同じ王宮にいるのだし。
「思うよりお早いお誘いでした」
おじ様はリリーにだけ聞こえる声で、そう言った。
数えきれないほどあるだろう応接室のひとつで、リリーはユーグ殿下と向かい合った。
迷子が出るほど広い王宮でも、坊ちゃまが異能で落としてくれた間取図があるのでリリーが迷う心配はない。
心配があるとしたら、他国人の坊ちゃまが人のお城の隅々まで知っている事だと思う。警備や密か事は大丈夫なのだろうか。「方角や警備配置を考えると、使いよい位置は限られる。あとは設計する者の好みを考慮すれば、そう難しくもない」と言われたけれど、どう考えても難しいと思う。
「夜会の日は……その。そなた、どこか具合の悪いところはないか?」
着席早々のお尋ねに、リリーは困惑した。今日のユーグ殿下は艶のよい紫の上着をお召しで、一段と王子様らしい。
具合の悪い。あの日はそう疲れてもいなかったのに、疲れたのは坊ちゃまのお部屋へ行って「お前の好きな事からだ」と、散々くすぐられたせいだ。
降参しても止めてくれなくて本当に大変だった。
「『降参』と言ったら止めるという取り決めはしていない」なんて平然としていた。本気でお願いしているのは伝わっているはずだから、ただの意地悪だ。
そんなにたくさんじゃなくていい。首とかお腹を少しくしゅくしゅしてくれるぐらいで。坊ちゃまは加減がないのが困りものだ。以上をまとめると。
「特にどこも悪くないです」とリリーは答えた。




