新人聖女のお仕事
最近一番楽しかったのは王子様と海岸ごっこをしたこと。
そう報告するリリーに「なんだ、それは」と返すエドモンドの圧に、情けなくもエリックなどは身震いしているのに、リリーはまるで頓着しない。
「キレイな白い砂を河岸に敷いて、裸足でお食事すると楽しい」などと説明する。
止めて欲しいと願うのはロバート。来たる夏にはどこかに「エドモンド様専用海岸」が出来てしまうに違いないが、白くて綺麗な砂を探すのは至難の業。そしてその手配を任されるのは自分なのだと覚悟した。
先にお嬢さんに口止めをすべきだったと悔いても、取り返しはつかない。
こうしてお二人揃ってテーブルにつくのは、およそ一年半ぶり。王国ではこちらの美人風に顔を作るリリーはまだ素顔で、丸い目もそのままで可愛らしい。
今朝ロバートは叱責を受けたばかりだ。
「コレの頬は丸々としているのが良いのに、お前がついていながらなぜ削げている」と。
「それはこの計画があまりに過酷でお嬢さんの神経をすり減らしたのがひとつ。そして、もう子供ではありませんので、大人びると頬は丸々としないものでございます」
などと反論しないのが家令の心得。父の背中を見て息子は学ぶことだろう。楽に稼げる綺麗な仕事など世の中にはないと若いうちに知るのは、大切だ。
「不足はないか」
エドモンドがリリーの唇についたママレードを拭ってやろうとすると、敏感に察知したリリーが素早く舌で舐め取る。
行儀は悪いが、主の機嫌が良いならロバートには何も言うことはない。
「不足……ない。王子様が全部くれるから」
リリーが目をくりくりとさせる。
「そうか」
薄く浮かぶエドモンドの笑みが恐ろしい。ロバートは思わず瞑目した。
一流の品になればなるほど、他国人では入手し難い品は多い。聖職関連の物は特にその傾向が強いが、ユーグ殿下ならば極上品が揃う。それが公国へ帰った時にものをいうはずだ。
見る者を圧倒するほどに神々しい聖女。
エドモンドの意向ではあるが、ユーグ殿下に任せる事を好ましく感じているかと言えば難しい。必要であることと喜ばしいことは同じではない。
これ以上背筋が冷えるような会話は避けて欲しいと切実に思うロバート。
息子エリックのしでかした「キノコによる失態」は解決までを一度に報告した。責を問われなかったのは、エリックが頭数に入っていないから。
「私、今日、お仕事があったのじゃなかった? おじ様」
息子の過失に思いを馳せるロバートに、リリーが尋ねる。
「いえ」
あったのだが、本日の仕事はエドモンド殿下たっての願いにより「新人聖女が担当する国教派についての講義」に差し替えられた。
一日おきに顔を合わせていたユーグ殿下のお寂しさは、いかほどか。
リリーの不在はエディとネッドが埋めてくれると、ロバートは信じることにした。




