「コレはお前の聖女ではない」・2
「公国を出るなどと、正気か? 大公が黙っていないであろう」
疑いの眼差しを受けて、エドモンドがわずかに口角を上げた。
「親の顔色を窺うような歳ではない。離れて暮らすことに躊躇も無い」
沈黙が部屋を支配する。はっとした様子でそれを破ったのは、ユーグだった。
「――そのために。国を離れる足掛かりとして聖女を利用した。そういう事か」
決めつけるられたエドモンドが、やれやれといった具合に首を左右にふる。
「それは邪推というものだ。広間において眼と眼が合った瞬間に、こう――」
人差し指を立てて、自分とユーグに橋を渡すように動かす。
「惹かれ合ったのだ。恋愛に重きをおく王国人のユーグなら、肌で分かる感覚では?」
一目惚れしたなどと言葉は熱いのに、口調は極めて冷静なまま、続ける。
「随分背が伸びたな。兄君より大きくなって何よりだ」
ユーグが眼を見開いた。
「十五年前に『兄君より大きくなるには、どうしたらいいですか』と聞かれた時には、我が弟タイアンにこのような可愛気があれば、と思ったものだ。ずっと気にかけていた。あの愛らしい少年の身長は兄君を越しただろうか、と」
「記憶にない」
顔を朱に染めて言い切るユーグに、エドモンドがわざとらしく目を細めた。
「昔話は好まないとみえる。つい懐かしい話をするのは、年寄りの特権だ。許されよ」
リリーが起きていれば「絶対、そんなこと思ってない」と呆れたかもしれないが、再会に疲れ果ててぐっすりと寝入っていおり、目覚める気配はない。
エドモンドがちらりとリリーに視線を落とすのは、会話を切り上げるきっかけ作りだ。
「何にせよ、すぐに結論の出る話ではないと承知している。各方面に申し入れる事から始めねばならんが、幸い私は多忙な身でもない」
何を言い出すのかと刮目するユーグに、社交用の笑みをみせるエドモンド。
「ああ、気遣いは無用だ。同行した家令が街なかに家を探している。手はずが整い次第王宮から移る」
順序が逆になったが、贈り物は明日にでも家令に届けさせる。
エドモンドが愛想よく続けたのに対し、唇を引き結んだユーグは返事をすることなく立ち上がった。




