「コレはお前の聖女ではない」・1
ここを開けろと言われて「鍵はもとより掛けていない」と返すエドモンドは、長椅子から立ち上がりもしなかった。
「私の聖女に何をした」
勢いに任せて扉を開け飛び込んだユーグの詰問に、エドモンドは不敵な笑みをみせた。
「『私の』。コレは国教派の聖女であって、王家の聖女ではないはずだが」
私物化もいいところだ、指摘する。
片腕を背もたれの後ろへと落とし、優雅に脚を組むエドモンドの正面にユーグが立った。部屋にいるのはふたり、と。
「リリアンはどこにいる」
「ここだ」
エドモンドは椅子の背にのせた腕を軽く動かした。
「『髪が乱れて人には見せられない』と隠れて、文句を言ううちに眠ってしまった」
無言のままユーグが大股で近寄り椅子の後ろを覗く。そこには、丸くなった聖女がすよすよと寝息を立てていた。確かに髪は乱れている。穏やかな寝顔に和らぎそうな気持ちを押し止めて、ユーグは十五年ぶりに会うエドモンドを睨みつけた。
六歳上の貴公子は大人の余裕を漂わせ、座ったらどうだと言わんばかりに対面の椅子を揃えた指で示す。
忌々しいが無下にもできない。ユーグはそう態度に表しながら腰を下ろした。
「何をした。嫌がる娘に不埒な真似をするなど、とても紳士の振る舞いとは思えぬな」
「『嫌がる』、決めつけるのは止めてもらおう。同意の上だ――報告もそのように上がったのではないか? 扉に耳をつけて盗み聞きするのが、王国流らしいが」
冷笑するエドモンドに、ユーグの顔はいっそう険しくなった。
「まさか、この短時間で散らしたわけではあるまい」
「さて。実際どうかなど些末な事だ。私が聖女を連れ部屋に籠った、その事実があればいい」
涼しげにうそぶいたりするから、ユーグの苛立ちは増すばかり。
「とんでもない事をしでかしてくれたな。これで聖女リリアンの名は地に落ちた。何もなしでは済まされぬぞ」
地を這うような響きを意に介さず、エドモンドがゆったりと顎を引く。
「無論だ。責任をとって娶ろう」
「は!?」
「二度聞きたいか。私がコレを妻に迎える。それで名声は落ちる事もない。王家の顔も立つ、悪い話ではないと思うが」
ユーグの膝で拳が握られた。
「選んだばかりの聖女を、他国へ簡単に渡すと思うか。聖女は国の宝だ。ある程度の年数は奉仕してもらわねばならぬ」
「ならば私がこの国へ住もう」
エドモンドは平然と口にした。
「王家は空いている爵位を売り渡すと聞く。なんとも手っ取り早く元手のかからない稼ぎ方を思いついたものだ。それは夫か妻のどちらかが王国民であればよいとか。――私は候爵位で充分だ」
値の相場も見当はつくが、上乗せしてもらっても構わない。と、唖然する王子に貴公子は告げた。




