「私の聖女は世慣れていない」
「私の聖女はまだ若く世間知らずだ。利用しようと近寄る者がないとも限らぬ。お前が顔を覚えておくように」
そう言われたのは護衛ではなく「ユーグ殿下のお取り巻き」と言われる貴族子弟のひとりだった。
取り巻きのひとり、という自分の立ち位置は正しく理解している。このままうまく立ち回れば、兄に邪険にされることもなく「それなりに役に立つ」と評価され、どこからか良い縁談が持ち込まれるかもしれない。
そんなことを考えつつ、新聖女リリアン様から目を離さないよう努めていた。殿下の目下の遊び相手――とは少々語弊がある――の聖女は、殿下が気にかけるのも頷ける万人受けする美人。
世慣れていないと聞いたが、田舎娘とは思えない要領の良さが見える。周囲に気を配り、知らないところは他を見習う様子に、元々賢いのだと感心した。
これならば聖女であるうちから「いつか当家の嫁に」と申し出る爵位持ちが出てもおかしくない。
そんな彼女が見つめる先を辿って「おいおい」と品のない言葉が出たのは仕方がないと思う。
心もち顎を上げて見つめ返すのは、ミルクティー色の髪の紳士。王国の招待に応じたのは十五年ぶりと聞く、隣国の貴公子エドモンド・セレスト殿下だった。
失礼があっては「ものを知らない」では済まされない大物だ。「聖女様、やめて。頼むから近寄ってくれるな」と思う背中が粟立つ。
そんな願いも虚しく聖女は吸い寄せられように、ゆるゆると人の合間をぬけて行く。言葉もかわさないのに、示し合わせたかのように廊下へと消える。
すぐにでも追いたい気持ちを堪えて間をおいた。
顔を覚えて報告するのが役目なら、追わなくてもいいのでは。と、つかの間考える。迷いつつそれとなく廊下へと出れば、ちょうどエドモンド殿下が聖女を連れて歩きだすところだった。
どこに。着いた先は客室だった。
まさか。嫌な予感に高鳴る胸を押さえて扉に近づく。漏れ聞こえる声。
立ち聞きなど他人に知れたら顰蹙をかう。そして何かあったところで、助けを求められたとしても、出来ることはない。
「ひゃ!」
「やめて、やめて。そこはダメ。そんなにしたら、ヨダレがでちゃう」
「ドレス! ドレスがシワになるから、もうダメなの!」
殿下の声は聞こえない。甘やかで嬉しそうな「ダメ」が聞こえるばかり。
「こうさん! こうさんなの!」
「本当に『やめて』って言ったら、止めるの! ――好きだけど……そんなにたくさんじゃなくていい」
「もう、いっぱい! もういっぱいなの!」
苦しげな息づかいと笑い声が切れ切れにはさまり、聞くに耐えない。こちらの顔が赤くなりそうだ。
これは報告するのもいかがなものか。迷いながらノロノロと広間に戻ると、すぐにユーグ殿下に肩を掴まれ、驚きに息が止まりそうになる。
「私の聖女はどこにいる? お前は何をしていた?」
苛立った顔つきで矢継ぎ早にお尋ねがある。言ってよぃものかどうか。
「いえ……あの」
うまく立ち回る道筋が見えなかった。




