貴公子は聖女を祝福する・3
「坊ちゃま、いい匂い」
リリーがスンと鼻をならすと。
「いきなりそれか」
呆れた小声が返り、髪留めに視線がとまった。
「いつも言うが、それは男に言う言葉ではない。その髪飾りはどうした」
リリーにとっては乗るのも恥ずかしい白い馬車の座席を飾っていたピンは、色石も入らず高価なものではない。けれど、ここまで連れてきてくれた縁起ものだ。
夜会には少しおとなしすぎるかと思ったが、ユリは国教派を示すものでもあるので、今夜もこの飾りにした。
「王子様の馬車につけていたのを、もらったの」
正しく「殿下」と呼んだところで今さらだ。開き直って王子様呼びにした。薔薇の貴公子にはユリの飾りはお気に召さないかと、髪に手を添えてみる。
小さく息が吐かれた。
「お前は知らない様子だが、それはこの国の王の在位二十五周年を祝って作られた数に限りのあるものだ。セレスト家からも数人祝賀会に出向いたが、渡されたのは大公あてのひとつのみだ」
理解力の乏しい子供に言い聞かせるような口調に、リリーの指がピタリと止まった。
「そんな物をこれみよがしに髪にとめていれば、国がお前を推していると、皆『正しく』理解したはずだ」
いくら何でもそれは大げさだと思うリリーの気持ちは、顔に出たらしい。
「物を知らぬというのは、強みだな」
唇にごく薄く笑みがのる。
同じ事をユーグ殿下にも言われたけれど、坊ちゃまが言うとよりヒドく聞こえるのは、どういうわけか。
「そのドレスも、ユーグか」
問われて、素直に頷いた。
「嫌い?」
「いや。美意識は王国が一枚も二枚も上をゆく。王家が贔屓にする店で仕立てたのだろう、美しく見事だ。有り難く頂いておけ。今後役に立つ」
まるで仕事の指示。
カミラと一時期はまって読み漁ったロマンス小説では、他の男性にもらった服だと知ると「脱げ」と言われて「ここで……!? 他にも人はいるのよ」という展開になったり。美しいドレスを力任せに引き裂かれて、「いや! およしになって」などと、あれやこれやの大騒ぎになったのに。
現実はそうではないらしい。坊ちゃまは不機嫌ではなく、どちらかと言えば満足そうに見える。
長話しが過ぎた。周囲の人々がさすがに注目している。身分の高い方を独り占めするのは、聖女といえども明らかなマナー違反だ。
いくら抑えても坊ちゃまの特別感は消しきれない。
「今後についても話したい。場所を移す」
どこに?
「この王宮に泊まっている」
そこへ行く、と貴公子は先に立って歩き出した。




