貴公子は聖女を祝福する・1
慌ただしく夏は過ぎた。
九月、諸国の要人を招いて王家と国教派共催で三夜連続の夜会が予定されていた。聖女リリアンの予定は日中の式典から夜の舞踏会まで、びっしりと埋まっている。
その最終日の夜会に坊ちゃまエドモンドが出席されると聞いて、リリーの心臓はドクンと音を立てた。最後に会ってから一年半。
「お嬢さん?」
異変に気づいたロバートが、気遣わしげにする。
「どうしよう、おじ様。ドキドキする」
「早すぎるよ、リリー。疲れちゃうよ」
エリックが冷静に返す。
「無理もありません。エドモンド様には独特の威圧感がありますから」
どうやらおじ様もドキドキするのは同じらしい。リリーは「ふん」と頷いた。
その日着る予定の夜会用ドレスは、ユーグ殿下の意見を取り入れた聖女風のものだ。胸の下で切り替える身体の線をあまりひろわない古めかしい形がお決まりなので、そこは変えずに殿下のお好きな金糸をふんだんに使用した。
店主自らが届けてくださったところをみると、恐ろしく高価なのに違いない。
「申し訳ないみたい……こんなに使ってもらって」
「『どうせ無駄に使う金だ。幾らでも使わせろ。コレの賃料だと思えば、全くもって安すぎる』」
リリーの呟きに返った声は確かにおじ様だけど、これの言い方はまるで。
「と、エドモンド様よりのお手紙にございました」
賃料……つまり貸出料。一介の行儀見習いの値としてはあまりに高い、とリリーには思われるが。そのあたり公国一の貴公子の金銭感覚を底辺の自分が理解できるはずもない。
深く考えないことにする。びっくりしたのがよかったのか、ドキドキも一気にひいた。
昼間はリュイソー聖女に面会した。彼女は通り一遍の挨拶をするのみで、リリアンを他の二人の新聖人同様初対面として接していた。
公国で会ったとこちらは覚えていても、リュイソー聖女にしてみれば、リリーなど名も知らぬ公国人のひとりだったのだから、当然のことだ。
二日前から公国一の貴公子エドモンド・セレスト殿下は王宮に滞在していらっしゃるはずだけれど、おじ様にもまだ呼び出しはかからない。
昼間の式典も、貴賓席のどこかにいらしたと思うけれど、リリーから探すような真似はしなかった。公国から見張りがついていないとも限らない。少しでも不審に思われる行動は避けたかった。
期待しすぎないように。王国を離れるまでにお顔を拝見するくらいは出来るだろうと、リリーは考えていた。
頭のうちからは白い紙が消えたのは、消せるほど近くにいらっしゃるということ。存在は感じるのに会うこともままならない。
もどかしいけれど、リリーはリリーで忙しく、坊ちゃまも公式非公式の行事に忙殺されているはずだ。
そして夜。リリーはユーグ殿下に仕立ててもらった極上のドレスを着て、夜会に参加した。




