王子様は追い込みをかける
今日もリリーはユーグ殿下と出掛けた。紹介がなければ入れない仕立て屋だ。ここで殿下は狩猟パーティ用の服を作るという。
「そなたが聖女になったあかつきには、ここで一枚仕立ててやろう」と気軽に約束する。
「わあ、嬉しい。ありがとう、王子様」
と言うべきところを、リリーはつい「紳士服店は女物は仕立てないものでしょう」と返した。
「おや」という顔を店主がしたことで、利口ぶった口をきいたと気がつく。
「そうか?」
ユーグ殿下が尋ねると、店主は愛想よく返した。
「通常はおっしゃる通りでございますが、聖女様のお衣装をお任せくださるならば、大変名誉なこと。特別に男仕立てで対応させて頂きます」
リリーには男仕立てが何であるのかは不明ながら、店主が殿下だけではなく聖女候補にも好意的なのは見て取れた。
「ならば採寸を済ませておくがよい」
ついでのように殿下が指示する。
え、ここで? とは言わない。何度となく連れ回されて、抵抗が無駄である事は身に沁みている。下着にならなくても測ってくれるはずだ、きっと。
「素敵な一枚を作ってくださる?」と殿下を見れば、「二枚でも三枚でも作ってやろう」と甘い顔をする、役者だ。
そしてリリーより嬉しそうにしているのは店主だ。
「お美しく愛らしい聖女様でございますね」
お世辞まで飛び出した。
「であろう? 他の候補者は、いかにも国教派らしい。たまには聖女派のような聖人も欲しいとは思わぬか」
「心から賛同いたします」
話は決まったらしい。
「金糸は色の変わらぬものを使うように」と指示が出る。それも割り増し料金なのに違いない。だって店主がニコニコしている。
先日出掛けた店では、すぐにでも制作に取り掛りそうな勢いだった。私が選ばれなかったらどうするのかと、リリーはハラハラしたけれど、「まだ聖女になると決まっていない」などと正しい事を言ったりしないのが賢いところだと、自分で思う。
「何やら難しい顔をしているな」
「こんなにお金を使ってもらって、いいのかと思って」
そこは率直に述べる。
「そなたに使わなければ、自分に使う金だ。上に立つ者は、誰よりも良い物を身に着けなければならぬ」
そのあたり大公家のお考えを坊ちゃまから聞いた事はないが、馬車ひとつを見ても王国は考え方が違うように感じる。
身分が高い方は、誰もが羨むほどに着飾ってこそ尊敬の対象となると言う。
老舗の間で、ユーグ殿下の連れる聖女候補リリアンは噂の的だと、おじ様ロバートから聞いた。「いつうちにもお越し頂けるか」と、来店が銘店の証のようになっているらしい。
坊ちゃまがどう思うかが気掛かりだったけれど「存分に活用しろ」と返事が来た。ユーグ殿下に失礼極まりないけれど、身分の高さは同じなのでそんなものかもしれない。
審査会まではあと一週間。
王子様は追い込みをかけていた。




