リリー・アイアゲートの失踪
リリー・アイアゲートがいなくなった。
ジャスパーの耳に入ったのは、半年前。年が変わる少し前だった。
軍学校は外との接触が極めて限られるが年末には休みがあり、公都邸へ帰宅すると、待っていたようにカミラとスコットが訪ねて来た。
姿が見えなくなったのが正確にいつとは分らない、と言う。
不安そうにグレイ邸内でも声をひそめる様子は、自分達では知れない力が働いていると思ってのことだろうと、ジャスパーは推察した。
「あの方は、ご存知なのでしょうか」
エドモンド殿下と名を出すのがはばかられ、自分も小声になった。カミラに尋ねると「わからない」と言う。
「それで……。それとなく聞いてくれないかな? ジャスパー。僕達は、お目にかかりようがないんだ」
スコットが頼むのはカミラを思っての事だろうが、簡単に言ってくれるなとジャスパーは目を閉じた。
翌日、学院へとオーツ先生を訪ねた。部屋はあったが不在で、一年の予定で休職中だと知った。
卒業時には一言も言わなかったと不審に感じても、休暇は短く出来ることは他になかった。
春、一年の軍学校での生活が終了しジャスパーが公都邸へと戻ると、父は「ここへは用がない限り来ない」と言い残して領地へと引き上げた。
それも妙だと感じる。アイアゲートの失踪と繋がっている気がするも、根拠がなかった。
エドモンド殿下が顔を出すのがどちらの夜会であるのか、社交に疎いジャスパーには知りようがない。父の代理として出掛けたその舞踏会に殿下がいらしたのは、ただの偶然だった。
こちらから声を掛けるのは、多大なマナー違反にあたる。それでも待つだけでは欲しい答えは得られない。
決めあぐねている間に、殿下は足早に広間から廊下へと出ていく。
外へ出れば護衛がつく。今をおいて他にない。ジャスパーは追って声を掛けた。
「失礼ながら――」
「失礼だと思うのなら声をかけるな」
後ろも見えるのかと思うほどの速さで、冷ややかな声が返った。先程までの和やかな雰囲気は欠片もない。
歩く速度がゆるんだので、それを頼りにジャスパーは言葉を重ねた。
「居所を、殿下はご存知なのでしょうか」
他に聞く人はないと思っても、アイアゲートと名を出すのは控えた。返事はない。お互い無言のまま屋敷の外へと踏み出すまでついて歩く。これ以上はさすがにと思った時。
「オーツにでも聞け」
振り向きもせずの一言。
ジャスパーはそこで足を止め、深々と頭を下げた。頃合いをみて顔を上げた時には、殿下の前後には護衛がつき既に遠かった。
勝手に質問をし咎められず返答を頂けたのはこの上ない温情で、深く頭を垂れるべき事。ジャスパーは後ろ姿に向けて再度頭を下げた。
止めていた呼吸を整える。殿下は圧倒されるほどの怒気を身に抱えている。これがアイアゲートと無関係のはずはない。
ところでオーツ先生には、どこに行けば会えるのだろうか。




