騎手を務めるのは王子・2
「私を『王子様』と呼ぶことにより、注目が集まる。素通りされるだろうそなたの言葉が、人の耳に残る。もう一人の娘との混同も避けられる」
王子様ご本人に「王子様」と呼びかけるのは、よほどものを知らないか子供だけ。少しものの分かった人なら、知らなくても周囲に合わせて「殿下」と呼ぶはずだ。注目が集まるのは良い意味ではなく「この子、大丈夫?」という意味でだ。
リリアンを示す人々の言葉は「殿下を王子様と呼ぶ方の子」となるに決まっている。
絶句するリリーをよそに、殿下はお考えを披露する。
「自分が選ばれて当然という態度を常にとる方がよい。自信のない馬には誰も賭けようとは思わぬからな」
からかわれている、もしくは遊ばれている……殿下のあまりに真面目な顔つきが怪しい。が、もとからこの方とっては「退屈しのぎ」だった、と思いあたる。
「勝ちたくないのか? 他を押し退けて聖人の地位を手に入れたいのであろう?」
品の良いお顔が唆す。
「言うがよい。『仰せのままに、王子様』と」
「さあ」と促される。退路はないのだ、言うしかない。
「おおせのままに、王子様」
「うむ。なかなかに可愛げがあってよい」
上機嫌な王子様の隣りで、リリーは本日何度目かの溜息を呑み込んだ。
「打ち合わせ通りにな」
念を押されてリリーは頷いた。
来たのは装飾性の強い杖や王笏を扱う店だった。店頭に品は並べず、予約して訪れる客の好みに合わせて作るらしい。
ユーグ殿下は杖を手に取り、持ち手の細工を眺めている。
「わあ、なんてキレイなのかしら。私も同じ物が欲しいわ」
若干抑揚のない物言いになった。
「これは男物だ。そなたにはそぐわぬ。が、聖人になれば笏がいるな」
ものを知らぬ娘に丁寧に応じるユーグ殿下に、リリーが小首を傾げる。
「シャクってなあに? 王子様」
白手袋で杖を受け取る初老の店主が、動きを止めた。
わかっている、いいたい事は。正しくは「殿下」だ。「王子様」はあり得ない。
「そうか、笏を知らぬか。儀式の折に王や聖職者が持つ棒のことだ」
「あ、あの棒ね。私が聖女になったら王子様が笏を買ってくださる?」
おねだりが分かりやすいように、手指を組み合わせる。殿下は当然と首を縦にふった。
「そうだな、決まればこの店でそなたの気に入る笏を作ってやろう」
「わあ、うれしい」
棒読みぶりが加速するリリーを咎めるように、膝をポンと叩かれた。足りないと言われるか。
「王子様、ありがとう」
「よい。泣くほど喜ぶのはまだ早い」
いえ、この目尻に滲む涙は恥ずかしさと自分の諦めの悪さからです。リリーはそう言いたかった。




