騎手を務めるのは王子・1
殿下の掴んだ情報によると、リリーは聖人候補の三番手らしい。
一番手は男性、この方は前回認定を見送られてから数年かけて根回しを充分に済ませ、今回の認定は堅い。
二番手はリリーの母世代の女性。シスターとして長く教派に貢献してきた実績があり、聖職者間での認知度は抜群。
そしてリリアン。「ぽっと出だが、実力はあり最年少ながら無視できない存在」らしい。
「そなたは大穴だ」
「おおあな……」
「今年認定されるのが二人なら、順当に行けばそなたは入れぬ。が、得票数が二番手を上回ったなら、どうだろうか。史上初の三人同時認定もあり得ない事ではないと、私は睨んでいる」
それで? リリーは静かに待つ。
「私が手を貸してやってもいい。そなたは馬で私は騎手としよう。馬がいなくては騎手はレースに出られないが、馬は馬で騎手なくしては勝てまい。私の力でそなたを番外から押し上げたら、面白いとは思わぬか?」
馬に例えられるとは思わず、リリーは口の中で「私が馬」と唱えた。そしてこの方が騎手、イリヤか。
勝ちたい。勝ちたいが、馬に例えられてまで……勝ちたい。考えてみれば、人より馬が劣るわけでもない、馬で上等。リリーの決断は素早かった。
「何でもします」は危険なので口にはしないけれど、そこそこまではしてもいい。そして、退屈を紛らわす何かを求めているこの方は、それ程のご無体はおっしゃらない気がした。
自分が今三番手なのは、本当のことだとリリーの勘は告げている。
「『馬と女は同じ乗り物』とか、言わない?」
「若い娘がそのような事を申すものではない。どこで知ったのだ」
下々らしい発言がお好きな殿下は、諫める口調で笑っている。
「審査会で開票する場には、殿下も同席なさる?」
無論、と鷹揚に頷く。
「私が二位や一位になったら、必ず聖人と認められる?」
一位とはまた大きく出たな、と殿下の顔がほころぶ。
「私が同席する以上、不正を働き落選させるのは、不可能だ」
「わかった、よろしくお願いします。――私は何をすればいいの?」
腹をくくったリリーに「そうこなくては」と笑った殿下の顔は、ニヤリとでも形容すべきものだった。
「馬は騎手の指示をきくものだ」と、まず言い渡される。
そう馬馬と連呼しなくても、今はは王国民であるリリーは王家の命はきく、と思いつつ承知する。
「そなたは美しいが、顔に特徴が薄い。言動で強く印象付けるべきだ」
整った顔立ちになるよう、丸い目は切れ長の目に近づけ、ぽってりした唇は輪郭を変えて少し厚みを減じている。なるほど一理ある。リリーは頷いた。
「よって、そなたの対抗馬が持たぬもので勝負する」
それも一理、頷きが深くなる。
「それは『若さゆえの愚かさ』と『物を知らない事から来る根拠なき自信』だ」
それ……一理? リリーの内側に疑いの気持ちが芽生えた。それは次の一言で決定的となる。
「まず、私のことは『王子様』と呼ぶがいい」
この方について行って大丈夫だろうか。リリーは不信をそのまま顔に出した。




