赤い上着の王子様・1
リリーが泊まっている富豪の邸宅は大通りに面しており、前庭は広くない。馬車は通りに停めて乗り降りし裏へと回す。
よって、人が訪ねてくれば、窓から見てすぐにわかる。
「――エリック」
常より少し硬い声で息子を呼んだロバートの視線は、窓の外に固定されていた。
つられるようにしてリリーとエリックが薄いカーテン越しに外を見れば、目立つ馬車が停まっていた。
白塗りで屋根がない。王国の貴族は、よい季節には屋根のない馬車でこれみよがしに行くものらしく、通りには他にもこの手の馬車が沢山走っている。
が、白を見るのは初めてだ。お外に置いていたらすぐに汚れそうと思うリリーには、乗る資格がないだろう。
後ろに立ち乗りしていた男性が扉を開き、赤い上着の紳士が軽い身のこなしで降り立つ。
「あっ! ユーグ殿下!?」
リリーの叫びにエリックは瞠目し、ロバートは重々しい表情になった。何をしに……と言うより、私に?
「どうして」と呟いたエリックに「考えずとも分かる事です」とロバートがぴしゃり言う。
「お嬢さんが『聖人候補リリアン』と名乗ったことから居所を知り、靴を届けさせた。次は『会いに来る』に決まっています」
予測がついていただけあって声にも態度にも動揺がない。なるほど、それで一昨日から家にいても「ちょっとその辺まで」の服ではなく、よいお家の娘のような格好をさせられているのか、とリリーは納得した。
寝間着から朝食着、デイドレス、夕方からのお出掛けに適した服と、四回も着替えるのは、ユーグ殿下の事を話さなかったお仕置きにきちんとした生活をさせられているのだとばかり思っていた。
気まずくて「どうしてこんなにお着替えするの」と聞けなかったけれど、いついらっしゃるか分からない殿下対策だったのだ。
さすがはおじ様、相手の動きを読んでいる。リリーはロバートに称賛の眼差しを向けた。
殿下に先立ち玄関でお供の方が呼び鈴を引く。
ロバートの指示が飛ぶ。
「エリック、先様のご記憶にはないでしょうが、私はお目にかかった事があります。ゆえに出ることができません。家令見習いではなくリリアン様の供として、お前が対応なさい。よくよく気をつけるように」
下の階で話し声がし、二階にいたリリーをこの邸の使用人が呼びに来る。驚きすぎて戸惑う様子が手にとるようにわかる。
「リリアン様にお会いしたいと、殿下が。ユーグ殿下が」
「ただいま参ります」
返すエリックを、リリーが止めた。必要がなければ、わざわざ顔を見せるまでもない。
「ひとりで行くわ。お供がいるほどの身分じゃないし、子供でもないもの」
おじ様が頷き、エリックが「それなら」と引く。
「お茶の用意はしておきますので。必要に応じてエリックが運びます」
「まずはお靴のお礼よね」
リリーは頂いた靴に目をやり、階段をおりた。




