聖女候補は夜会で顔を売る・7
部屋に入ると。いかにも高級な椅子の周りに、靴が何足も並べられていた。
リリーは靴を見、ユーグ殿下を見、片膝をついて箱から靴を出している男性を見た。
「これは……」
「そなたの靴を噴水に投げ込んだのは私だ。せめて代わりをと用意した。試してみるがよい」
殿下は悠然と告げ、少し離れた安楽椅子に腰を降ろす。ついていた男性のひとりは扉の外、もうひとりは扉の内だから、この部屋にいるのはリリーと殿下とお供の方、そして。
「殿下に申しつかりまして、いくつか持参致しました」
この感じの良い男性は、靴屋さんだろう。
お御足を拝見しても、と聞かれる。リリーがちらりと殿下を窺うと「うむ」と返す。
そうではなく視線を外して欲しい、という意図は伝わらないか、汲んでもらえないらしい。
勧められた椅子に座り、リリーはスカートを持ち上げた。男性が両手でうやうやしく靴を脱がせてくれるのに、恐縮する。
「少し幅が狭く、長さがございますね。申し訳ございません、本日お持ちした中には合うものがないようです。こちらは室内履きでございますが」
数あるなかでもキラキラと特に美しく飾った一足が置かれた。見れば甲の部分はあるが踵はおおわない、つっかける形になっている。
「ミュールか」
ユーグ殿下が口を挟んだ。なるほど、これならぴったりでなくても履ける。
リリーが足を入れると、少しはみ出すものの痛いところはなく、これはこれという感じだ。
踊ったり走ったりしなければ、充分だ。ヒールは高いのに安定がいい。スカートを持ち上げたまま、踏みしめたり軽く跳ねてみたりしても、軽くて心地よい。
様子を眺め、これで済んだとばかりに速やかに片付けを始める男性。お代はどうしたものか。リリーには、こんな美しい靴のお値段は想像もつかない。
「その不要になった靴も持ち帰れ」
指示する殿下をじっと見れば、すぐに視線に気がつき魅惑的な笑みを浮かべた。
「なかなか良い足首だった。締まりもよさそうだ」
しまり、なんの。深く追及するのはよそうと瞬時に思うのは、女の子の勘か。お代を聞くのも止めようと思う。お金で済まないかもしれない。
リリーの警戒が伝わったらしい。殿下がひらっと片手を振った。
「これから聖女になろうという娘を相手に遊ぶつもりはない」
殿下が続ける。
「私はまだ靴屋に用がある。案内をつけてやるから、そなたは戻るがよい」
リリーにとっては信じられないお値段だろうこのミュールも、この方にとっては微々たるものと考えて、頂くことにする。
「ありがとうございます、殿下。遠慮なく頂戴いたします」
それでよいと目顔で示したユーグ殿下は、そのまま靴屋と話し始めた。
誘導してくれるのは、来る時にリリーが話しかけた男性だった。
「お答えくださると嬉しいのですが。私の後ろを歩いていらした殿下が、折れたヒールを噴水に投げ込んだというのは、本当ですか」
「はい」
「では、あの靴屋さんは、今夜急に女物の靴を持ってここに来いと命じられてお越しになった?」
「はい」
リリーは絶句した。
お金持ちとは何ということをするのだろう。靴一足に幾ら払うのか。無言をどう取ったのか、男性が慰めるように「殿下のなさることですから」と言う。それは「いつものこと」と取ればいいのか。
「お気になさることは、ありません。脚をあれだけ、さらされたのですから」
それはつまり、あなたもご覧になった? リリーが彼をじっと見ると、失言だったとばかりに取り繕う様子が可笑しい。
殿下には二度とお会いする事はないだろうけれど、私に一票入れてくださるなら、はしたなくも脚をさらしたかいがあったと思うべきか。
リリーはミュールの踵をパタリとさせた。




