聖女候補は夜会で顔を売る・4
振り向きたくない気持ちは強い。
「敷石の隙間に踵が挟まり、しかも折れるとは不運なことだ」
なぜそれを知っている。こらえきれなくなり、勢いよく振り返ったリリーを、青年紳士は愉快そうに眺めた。
なぜ、なぜ知っている。挑むような目つきになってしまうが隠そうとも思わない。
そんなリリーの気分まで知るように、さらに口角を上げて、種明かしはあっさりとされた。
「腹の出た成金風の男と美しい娘のすぐ後ろを歩いていたのは、私だ」
うぐっとリリーは唾を飲み込んだ。
「躓いたのにすぐに姿勢を立て直して、何ごともなかったように澄ましてそのまま行く。気になって足下を見れば、棘のように突き出したものがあるではないか」
ますます嫌な気配が寄せてくる。まさか。
「続く者の妨げになるかと引き抜いて、それが婦人靴のヒールだと気付いた」
「――それ……」
紳士が顎を軽くひねる。
「いくら美女の落とし物とはいえ、まさかチーフのかわりに胸に飾るわけにもゆくまい」
「―――――」
「隣りにあった噴水に投げ込んだ」
ポチャンと、手振りまでつける。
年の頃はリリーと坊ちゃまエドモンドの中間辺りかと思われる紳士のすることだろうか。
「いけなかったか? その靴に再びつけるつもりだったのなら――」
「いえっ」
否定はかぶせ気味になった。早め早めに潰しておかないと面倒が増える予感がする。誰に似ているとは今すぐ思いつかないけれど、この感じなら将来の王様ではないことは確かだ。王様になる方ならもっとちゃんとしている、きっと。
広間で話している時、どこからか視線は感じたが、この方だったかどうかまでは分からない。
「名のりたければ、許そう」
名乗りたくない。が、教育を受けてしまったせいで、こう聞かれれば返答は任意ではなく強制とリリーは知っている。
盛大につきたいため息をおし殺して丁寧に頭を下げる。
「お目汚しを致しました私に寛大なるお言葉、お優しさに深く感じ入りましてございます。リリアンと申します。このたび聖女候補と認められまして、審査を待つ身でございます」
国教派最大の支援者は王家。きっとこの方も審査会での一票持つ。しかし、絶対に癖が強い。ここで知り合って良かったのかどうか判断がつきかねるが、もう遅い。
「私の名を知っているか」
「いえ」
「それにしては丁寧な名のりであったが」
「お目の色と髪の色から、恐れ多くも王家のご一族かと」
下々は貴族のお顔など知らぬもの。しかもリリアンは田舎娘だ、知るはずがない。
ふむ、と頷いた紳士は「ユーグだ。ユーグ・ベルナール」と気軽に名乗った。
リリーは目眩がしそうになる。目の前の方は王国「王子様」のお一人御歳二十六歳のユーグ殿下だった。
「お目にかかれまして、光栄の極みでございます。ユーグ殿下」
「うむ。そなたは心にもない事を言うのが上手い」
「なかなか器用だ」と誉めた口ぶりに、「は?」とリリーは同級生に言うように短く返してから、しまったと心の内で焦った。
ここで401話となりました。
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「地味顔」を先にお読み下さった方は、ご記憶にあるかと思いますが、ユーグ殿下の登場です!
明日もお楽しみ頂けますように。




