運命といえるかもしれない出会いの日・4
リリーが手を繋いでいる「当家の主人」を振り返る。歩き出してから終始無言で、ただ黙々とついて来ていた。
バックヤードから通路へと出るのは、カウンター下の潜り戸からだ。小さなリリーは少し屈めば出られても、大人の男性は膝をつくようにしなければ通れない。
膝や上着の裾を汚さずに潜り抜けるのは難しいとみえて、男ふたりは手間取っている。
(大きいと不便ね)
待つ間に通路に溢れる人混みに流されそうになったところで、離していた手を、ぐっと掴まれた。
「ありがとう」
リリーのお礼に、フードを被った頭が僅かに上下したように見えたが、定かではない。
(思ったより時間がかかってしまったわ)
リリーは考えて、顔馴染みの売り子に向かって叫んだ。
「おばさん、後で取りに来るから、しばらくお花を預かって」
積まれた木箱のひとつに花籠を乗せる。
いいよ、置いていきな。木箱の向こうから大きな声がした。
礼を言って、連れのふたりに声を掛ける。
「思うより遅れてしまったの。急ぐわ」
小走りに駆けながら、すぐ後ろの足元を確認する。
(やっぱりそう)
小さなリリーの歩幅が狭くて遅れただけでリリーが走っても、手をひいた男は歩幅を広くするだけで走ることもなく付いてくる。
むしろこの位の早さで歩くことが通常なのかもしれなかった。
市場を抜け、あまりタチの良くない横丁に差し掛かる。リリーでも近寄りたくない、日中から何をしているのか判らないような男連中がたまり場にしている横丁だが、思った通り今は大通りの騒ぎに参加しているようで、人ひとりいない。
一番の難所を無事に通過し、リリーは薄暗い横路から大通りへと飛び出した。
上がってしまった息を二度・三度と整えて、握っていた手を離す。
「道向こうが市庁舎よ」
白灰色のの大きな建物を指さす。
「間に合った?」
まだ荒い息で問うリリーに、おじ様が笑みを浮かべた。こちらの息はあがっていない。
「十分に余裕がありますよ。やはりお嬢さんに案内を頼んで良かった。ありがとうございました」
丁寧に述べられた礼にリリーは大きく頷き、横丁へと向きを変えた。
「お嬢さん」
驚いたようなおじ様の声がした。肩越しに視線を送る。
「なぁに?」
「まだお礼をお支払いしていません」
そんなことか。と思う。
「もらえないわ。だってお花は歩くのに邪魔だったから、置いてきてしまったもの」
物がないのにお金をもらうのは、筋違いというものだ。重くて思うように歩けないから、自分の判断で篭を置いた時にお金は諦めた。
だからいいのだと説明して、それ以上の会話が面倒になったリリーは、雑に手を振って、今来た横丁に駆け込んだ。
ここまでで「運命かもしれない」編終了です
☆またお目にかかれますように☆