お弟子さまのお父さま・2
頭痛のひかないエリックは部屋で休み、リリーはおじ様ロバートの泊まる部屋で向き合って座った。
「お世話になっておりますお礼に」この宿で一番良い部屋をとったので、夕食も特別に部屋で食べられる。それは後からリリーが運ぶつもりだ。
すっかりと落ち着きを取り戻したおじ様が深々と頭を下げるのは、もう三度目。
「おじ様、誰も悪くないのよ。来てくれたおかげで、ここに秋までいなくてもよくなった。ありがたい気持ちしかないわ。それにここまでが上手くいき過ぎて、怖いくらいだったの。『そんな訳ない』とずっと思ってたから、やっぱりねって」
本心だ。少しくらい何かないと、落ち着かないことこの上ない。
「うまい話には裏があるって言うでしょ」
ずっと疑っていたのだと、リリーは肩を竦めてみせた。
使い方が違ったらしく、おじ様は何か言いかけたものの、軽く顎をひいてこの話題を終わらせた。
「頭に酷い衝撃」とは、殴ることだと解釈していたけれど、仰天するほど驚けばそれも「衝撃」と同等だったらしい。
脂汗をかくほど頭が痛むエリックを見る限り、お勧めの方法でないことは明らかだ。穏やかなのは、やはりキノコの生食だろう。リリーは新しくキノコの知識を得た。
「でも、おじ様。どうして王国に?」
誰かに手紙を書くことも考えたが、宛名をどう書けば届くのかも分からなかった。
町と違い、田舎では通りに名があるわけでもない。カメリアの食堂にはきちんとした名をつけていなかったし、オーツ先生は旅先。
公国のおじ様に知らせて、どこかで別の人が開封でもしたら、不都合が生じかねない。
などと考えると、リリーひとりでは正解が見つからなかった。
「オーツ様から、今年の審査会にかけてもらうには配る物が必要だと、連絡を受けまして。資金を届けに参りましたところ、お嬢さんが途中で行方知れずになっていると知らされました」
なんと。どこかに足取りを報告する人まで配置されていたらしい。そして「世の中金」なのは、国を問わず俗人でも聖職者でも変わりはないと知る。
せっかくお金を使ってくれたのに。
「もう、四月も半ばだから、間に合わなかったわね。ここからでも二週間はかかるわ。頑張ったつもりだったけど……ごめんなさい」
リリーは小さく頭を下げた。かけたお金、みんなの働きを考えても、期待にそえなくて申し訳ない。しかし、やるだけやっての結果だ。潔く受け入れるべきだ。
信じたことのない神様だけど、もしもご意思というものがあるのなら、私は聖人の器ではないと判断されたのだろう。
「いえ、諦める必要はございません」
きっぱりと否定され、リリーは丸い目を見開いた。
「幸い今年は申請者が多く、まだ書類すら審査しきれていないと聞き及んでおります。オーツ様が手を回し、審査会にはお嬢さんを最後にかけて頂けるようにしました」
お金の力ってすごい。
「『早くも聖女の呼び名の高いリリアン様は、いたる所で引きとめられ、王都まで思わぬ時間がかかっている。助けを求める人をそのままにできない、それはお優しい人柄なのだ』と、本部にはご納得を頂いております」
その「ご納得」も、間違いなく金力。リリーは開きかけた口を閉じた。




