お弟子さまの受難・2
「なあに、エリック。さびしくなっちゃったの?」
コクリと頷く様子が無邪気でとても可愛いエリックは、ただ今精神年齢五歳です。
橋を渡ってしばらくのち、エリックは次第に子供っぽくなった。
「あの雲、見て。お魚の形」
「お歌うたって」
極めつけは。
「お姉さん、きれいだね。お名前は?」
リリーはひっくり返りそうなほど驚いた。
これでエリックの頭に何かが起きたと確信した。見つけて飛び込んだ宿で、おかみさんに泣きついたところ、理由はすぐに判明した。
「キノコだね」
普通に食用とされるキノコで、地元の人はこんな風にならない。よそ者でも、この「子供返り」と呼ばれる症状が出るのは極めて稀だそうだ。一緒に食べたリリーはなんともない。
ご厚意でくださった干しキノコが、エリックにとっては毒キノコだったとは。
「おかみさん! どうしたら戻るの?」
リリーの立ち直りは早かった。理由が分かれば怖くない。毒キノコならオーツ先生と身をもっていくつも試したから、むしろキノコのせいで良かったとさえ思う。
「同じキノコをもう一度食べればいい。生じゃないと駄目だ」
詰め寄るリリーに、おかみさんはあっさりと返した。山のそこらにいくらでも出てくるから、と言う。
「いつ? いつ生えるの?」
「そりゃあんた、キノコと言ったら秋だろ」
おっしゃる通りだと、リリーは口をつぐんだ。
長期滞在になる宿賃を安くしてもらおうと、リリーは宿の手伝いを願い出た。宿泊客の詮索に煩わされるのが嫌で、「ちょっと頭のほわっとした兄を連れて住み込みで働く女の子」ということにしてもらった。
もちろん公国人ではなく王国人だ。五歳の頃のエリックは、おとなしく手のかからない子供だったらしい。
躾もよく、ひとりで寝てくれて「一緒に寝て欲しい」とねだられることもない。
リリーが床に毛布を敷いて寝なければならないのが難点でも、子供の頃はずっとそうしていたと思えば、どうという事はない。一番安眠できるのはドアの前だった。
ある日思いついて、生キノコを食べる以外に戻す方法はないか、と聞いてみた。
「頭にヒドイ衝撃を与えたら戻った人があったと聞くけど」
おかみさんの言い方は、お勧めしないと暗に伝えている。
「みんな必ず戻る、じゃないものね」
やってみてエリックがケガでもしたら大変だ。試す前に諦めた。
この状態のエリックと旅をすることも考えた。道はわかっていても、あまりに遠く感じる。
そして王都で聖人として認められたとして。付随するだろう行事をこなしていたら、秋にこの地に戻ってキノコを食べるのは不可能だ。
判断を誤らないようにと繰り返し考えたけれど、長くエリックを五歳のままにしてはおけない。
聖女の申請がやり直しになるとしても、奇跡が失われるわけじゃない。最善を尽くして結果がこれなら、計画に無理があったのだ。
手持ちのお金はできるだけ減らしたくない。リリーは買ってくれそうな旅人をおかみさんに紹介してもらい、ラピスラズリをひとつふたつと売った。
どうしても困れば、ブレスレットも崩せばいい。丸ごと買える人はいなくても、相手の払える値で一石ずつ売れば生活には困らない。
「お金の心配がないって、いいわね」とエリックに話しかける。
意味も分らないだろうエリックは「リリアンがいればいいね」と無邪気に笑った。




