お弟子さまの受難・1
王都にある国教派本部へ行くには、坊ちゃまに異能で落としてもらった地図を頼りに街道を進めば、一カ月で着く。村から村へと馬車を乗り継いで行く。今いる町から貸し切りの馬車を仕立てるのは、あまりに遠すぎて引き受け手がない。
一度オーツ先生から、領主館へ手紙が届いた。どこで乗り継ぎ、いくらくらいかかるのか。他にも旅に必要な様々が書かれていた。読んで、先生が先行してくれた理由は「歌って宣伝」だけではなかったのだと知る。
別れを惜しむ人々の見送りを受け、リリーとエリックは旅程に余裕を持って、二月末に町を出て王都へと向かった。
順調なのにどこか不安を感じるのは、悪い癖か。それとも貧困生活で身につけた勘かは不明ながら、とにかく予感は当たった。
「早まって喜ばず」という諺があったとしみじみと思いながらの昼下がり、リリーは旅の宿に併設する食堂で、テーブルを拭いていた。
くい――っと端まで力を入れて拭き、台拭きを折り返してずずいっと拭く。表面を撫でているだけでは綺麗にならない。腰を入れることが肝要だ。
「ほ――、慣れたもんだねぇ」
宿のおかみさんが眺めて感心する。
リリーは「うふふ」と笑い返した。
事の起こりは、馬車で渡る予定だった橋の橋桁に破損が見つかったとかで、三週間通行禁止になったこと。
待つか、それより下流にある徒歩でしか渡れない橋へとまわるか。三週間が三週間で済む保証はない、一カ月以上かかったら間に合わない。
リリーとエリックは迂回を決意した。
馬車はそこで帰し、徒歩で向かう。途中同じように歩く人を見つけて、同行させてもらった。もし野宿になるなら二人より人が多いほうが心強い。
袖の内側にあるブレスレットは反応しなかったから、悪い人ではないと判断した。
無事に橋を渡り、分かれ道でお礼を渡そうとすると「そんなつもりじゃない」と受け取ってくれない。リリーはラピスラズリのチャームをひとつ外して、家で待つという娘さんのお土産にと渡した。
そのまたお礼にと干しキノコと干した杏を頂いた。どちらもそのまま食べられる携行食だ。ありがたく食べて、予定の街道まで戻ろうとしたのだが。
少しエリックの言動がおかしいとは思ったけれど。様子を見る間もなく、気がついた時には手遅れだった。
「まあ、ここまでが順調過ぎたといいますか」
拭き終えたリリーが、清々しい気分でテーブルを眺めていると。
「リリアン」
二階から降りてきたエリックが、ふわりと笑んだ。




