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タイアン殿下のお気遣い

 ロバートは侍従長に会うために、タイアン殿下の宮へと出向いた。


 ファーガソンは「本来ならば、私が伺うべきところ」と恐縮するが、主エドモンドは別宮の使用人が立ち入る事を好まない。ロバートとしては、迎えるより訪問する方が逆に都合がよい。



 通された部屋が、いつもと違い客用の応接室である事に違和感を持ちつつ待っていると、予告なしに扉が開いた。


 もちろん座ってなどいないロバートは、素早く対応する。姿を見せたのは侍従長ではなく、宮の主タイアン殿下だった。


「やあ、ロバート。ファーガソンではなくて、驚いた?」


 常に快活な殿下は声も明るい。そうおっしゃるならば、本日の用はタイアン殿下だったかと、ロバートは気を引き締めた。


「ファーガソンなら、隣の部屋にいる。私と入れ替わりでこちらへ来るよ」


 まるで考えを読んだかのようだ。こういったところは、ご兄弟共通している。

部屋の感じからするに、隣室に話が筒抜けになるよう作られているのだろう。他に人が入室して聞かれる事のないよう侍従長を置いた、とロバートは理解した。



「彼女は、元気にしている?」


 それでもリリーの名を出さない。椅子を勧めず、ご自身も座らないのは「手短に済ませる」というメッセージだ。


「おそらく。私も連絡を取っておりませんが、オーツ様がご一緒ですので」 

「それは心強いね。彼は剣も一流だから」


 なぜそこで剣の腕が? 疑問を言葉にする前に、タイアン殿下が続けた。


「彼女を狙う話が耳に入ってね。これは父や兄は無関係だ。平民を重用しようという考えが気に入らない一派の戯言だ。彼女の居所すら知らないから、実行にうつす可能性は低いと思う」


 階級主義者は、間違ってもセレスト家に弓を引くことはない。平民の旗印のようになりつつあるリリーを害すれば、「思い上がった平民に冷や水を浴びせられる」とでも考えたのだろう。愚かな事だ。



「エドモンドが、グレイ侯の跡取りを彼女に近づけた意味がわかったよ。意識改革は貴族にこそ、必要だ。何度か話したけど、彼は正義感が強く真面目だね。しかもとても優秀だ。侯のような愚物と血縁とは思えない」


 歯に衣着せぬ物言いは痛快だが、ロバートの立場では頷くことはできかねる。


「彼女の身に何かあれば、彼も黙ってはいないだろう。エドモンドとグレイの跡取りが結託する未来は見たくないね」


 国がなくなる。と大げさに肩をすくめてみせる。そういった仕草は、主よりタイアン殿下の方が似合った。



「僕なりに申し訳なく思っているんだよ。僕の婚約のせいで、エドモンドに迷惑がかかった」

「いえ、準備はしておりましたので」


 遅かれ早かれ「聖人認定」を狙うつもりでいた。時期がこちらの都合かそうでないかだけの差だ。

 思ったより早かったが、何事も相手があれば万全を期するのは難しい。


「エドモンドは、どう? ここのところ顔を合わせる機会がないけれど」


 どうと言われるなら。近年は月曜から木曜のエドモンド様と、金曜から日曜のエドモンド様の二種だったが、今は月曜から日曜のエドモンド様一種となった。


 表情の変化に乏しく感情の起伏も外に出さない。常に少し飽いたか冷めたような雰囲気を漂わせている。

 それはそれで「昔みたい」と貴婦人に人気と聞くから、女性とはよく分からないものだ。


 リリーのリの字も口にせず、絵も描かない。苛立ちは見せないが、穏やかとはとても言えない。


 以上を要約するとこうなる。

「特段のおかわりもなく、お過ごしでございます」


 タイアン殿下が同情的な眼差しで、顎をひいた。


「ファーガソンが、そろそろ焦れるな。母上のお茶会の件だそうだ。宜しく頼むよ」


「お気遣いに感謝いたします」

ロバートは丁寧に頭を下げた。


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