行儀見習いは聖人を目指す・2
隠れ家の一晩。異能で授けられた知識量の膨大さに、リリーはめまいがしそうなほど疲れた。
一晩でこれほどとなると、桁外れの異能の才を誇る貴公子エドモンドといえども、さすがに疲労の色は見て取れたが、凡人であるリリーはその比ではないと声を大にして言いたい。
王国へ向かう馬車で打ち合わせも無視してひたすら寝るリリーに、「別れを惜しんで、よほど愛されたのね。うらやましいわぁ」などとカメリアがひやかす。
内心「覚えてなさいよ。同じことをしてあげるんだから」と毒づきながら、リリーは固く目を閉じ体力回復に努めた。
そして、王国に入りそれなりに回復した頃、「これは共有しておけ。異能を使ってかまわない。手から伝えろ」と坊ちゃまに言われた通りに、リリーはまずカメリアから始めた。
異能に触れる機会のない人には無理をさせてはいけないと、量を減らし速度も落としたのに、カメリアは「気持ちが悪いわ。頭に勝手に何かが入り込んでくるみたい。吐き気がする」と、辟易した様子だった。
「これを一晩続けたの? 本当に人なの?」
と、驚き謝ってくれたけれど「こんなもの十分の一以下の速度だ」とは言わない。人外扱いされては、今後に支障がありそうだから。
エドモンド殿下から行儀見習いリリーに課せられた使命は「聖人リリアンとして王国で国教派より認定されること」だ。
公国では身分差を乗り越えての結婚は、後妻に限ればある話だ。
最初の妻でそれをしたければ、身分の高い家に一定期間預け養女にしてもらい、それから妻にする。相応の礼は当然必要だが可能であるし、実例はいくらでもある。
しかしそれが出来るのは、無理をしても伯爵家まで。侯爵家、もちろん公爵家に平民が嫁ぐのは不可能だ。
そこでエドモンド殿下が目をつけたのが「聖女」。
聖女は身分の枠から外れ、君主に助言もできる地位とされる。公爵が聖女を娶った前列はないが、禁止もされていない。曖昧な部分だ。
公国では、もう長年聖女の認定は行われておらず、最後の聖女と呼ばれた修道女も他界して久しい。民を扇動して制度復活の機運を高めることから始めていては、間に合わない。
では、隣国の王国ならばどうか。異能という考えのないこちらは、聖人聖女が尊ばれ認定も定期に行っている。しかも、国教派と聖女派が競うように、だ。
聖女派は修道女のうちから認定するが、国教派は実力と実績重視。認定されるには「二つの奇跡」が最低条件とされる。
難病奇病を治すのが一番らしいが、リリーにそんな能力はない。「筋肉疲労をおさえる」「痛みを一時的に取り去る」でいく。
そしてもうひとつが「温泉を湧き出させる」こと。
リリーはもちろん知らなかったが、趣味として温泉を研究していた王国人を、一年以上前から学院の講師として招き、その知識を研究費と引き換えに手に入れていた。「この地脈に沿って湧き出る可能性が高い」と仮説をたて、そのうちのいくつかは確認済みという素晴らしさだ。




