行儀見習いは聖人を目指す・1
公国を離れて半年、秋も深くなりつつあるこの頃、リリーは王国の片田舎にいた。今、二つ目の温泉を発見したところだ。
「今日はここまでだ。明日からも頼むな」
スラリと高身長の男性が、よく響く低い声で泥だらけの人夫達に声をかけた。頭にかぶった布を首と肩まで巻いた独特の装いだ。
「みなさん、お疲れさま――。差し入れよぉ」
「おお――、カメリアさんだっ」
華やかな声に歓声があがる。真紅の口紅が田舎にはそぐわない派手な美人が手に篭を持ち、後ろに体格のよい男性をお供に連れてきた。
男性の持つ見るからに重そうな篭には、酒瓶が見えた。
「リリアン様は、どうぞこちらへ」
物腰の柔らかい青年が木陰の敷布へと誘う。
「ありがとう、エリック」
リリアンと呼ばれたリリーが、水を受け取り礼を言う。
折り目正しい青年は、おじ様ロバートの息子エリックだ。
「いや、計算通りでよかった。順調です」
首から下げた布で顔を拭うずぶ濡れの青年は、マルコム。
人夫を労いつつ酒瓶と共に釘を渡している高身長の男性は、アンガス・オーツ。男装しているオーツ先生だ。配っている「筋肉疲労を和らげる釘」は、リリーと先生の合作だった。
これがあれば、雇った人たちに無理をしてもらえる。早く仕事が済めば賃金を上乗せしているから、みな喜んで手を出す。
「無理をして体をこわさない?」
心配するリリーに「半年や一年無理をしたって壊れやしないさ。筋肉は適度な負荷をかけないと育たないから、ちょうどいい」と言い切ったのは、酒瓶を運んできた男性。
ご本人もそうやって筋肉を作り上げたのだろう頼りがいのある体つきだから、なるほどと思わせる説得力があった。
リリーが国を出るときに、坊ちゃまエドモンドが集めたのは、アンガス・オーツ先生、エリック、マルコム。そして、カメリアとカメリアの用心棒シュヴァルだった。
カメリアは公国在住の王国人で、目立つ美人だ。本人も美人だと自覚していて、常に美しくある努力を怠らない。シュヴァルは馬の扱いから料理まで何でもこなす用心棒で、本来はカメリアの実家の下男だそうだ。
オーツ先生は取りまとめ役、エリックは会計係兼リリーのお世話役、カメリアとシュヴァルは食事係、マルコムは技師だ。
一番何もしていないと自分でも思うリリーは、なんと「聖女さま」と呼ばれている。
「誰がそう呼び始めたのか分からない『聖女呼び』」となっているが、実はオーツ先生が、土地で雇った人夫をうまく先導して呼ばせたものだ。
「こういうのは『言ったもん勝ち』だからね。先に評判を作っておけば、後々やりやすい」
何でもないことのようにオーツ先生は言うが、聞くたびにリリーは落ち着かない気になる。
とはいえ、この顔ぶれで半年行動をともにし、カメリアとシュヴァルともすっかり仲良しになっていた。




