貴公子の深謀遠慮・3
「なぜ私が、お前に会うのにコソコソとせねばならない」
「えっ!?」
坊ちゃまエドモンドの開き直ったような態度に、リリーの口から驚きが漏れた。
「いらぬ妻を迎えて養う必要が、どこにある」
いらぬかどうかはリリーには答えられないが、必要な気がする。
「そもそも、私はお前ひとりで充分にたりている」
「そうですか……」
つい今まで感じていたもやっとした不安や不満が、どこかへ吹き飛んだ。何と返していいのやら、相づちをうつことしかできない。
「私がお前に合わせる気は無い。お前が私に合わせろ。私は地位を捨ててそこらの男になるつもりは無い」
宣告された。地位を捨てて欲しいなどと夢々思っていないし、考えたこともないと誓える。が、ひとつお伝えしたい。
「坊ちゃまは、どうしたって『そこらの男』にはなれないと思う」
どこにいても、周りが放っておくはずはない。市中で生きること自体無理な話だ。目立ち過ぎる。
そして理解したくないが、妻を迎えず今の暮らしをしたい。又は、妻にするなら面倒のないお前でいい、とおっしゃっておいでだ。
ならば。腹を括るしかないのだろう、私が。リリーは恐る恐る質問した。
「坊ちゃまがそうまで言うなら、出来ることはするけど、何をしたらいいの?」
「何でもする」などと言ったら、何をさせられるか分からない。そこは慎重に言葉を選ぶ。
凍えそうな夜に、天使様の手をとってここまで来た。生きられたのは、坊ちゃまがいたから。ここまで引き上げてくれたのも、坊ちゃまだ。
恩がある。お望みとあらば、全力でお応えするのが筋というもの。きっと勝算もあるのだろうし。
リリーはエドモンドの髪の感触を確かめた。子供の頃から、気持ちのいい髪だと思っていた。貴公子はお耳の形までいい。耳に指を這わせる。
「やめないか」
「いつも私をくすぐるのに」
迷惑そうな声すら、素敵。話について行けなくて別の方向へ逃げている自覚がある。
「それは、お前が好むからだろう」
「やめてって言ってもやめてくれないのに」
「『やめて』と言いながら、止めると物足りないと唇を尖らせるからだ」
そろそろ本当に叱られる。リリーは手を引っ込めた。
「坊ちゃま、次に会うのはいつ?」
エドモンドがリリーに視線を合わせた。
「お前次第だ」
「……何をするかは、エリックに聞けばいいのね」
今夜聞きたい気持ちは、もう消えた。
「戻らなければ、迎えに行く。どこにいようと必ず、だ。もう動けないと思ったらそこを動くな、リリー」
力強い言葉に引き込まれるように、リリーは頷いた。
「下手に動かれると、余計な手間がかかる」
なにか、ひっかかる。
「坊ちゃま、私を迎えに来てくれるのは、だれ?」
「ロバートに決まっている。あまり手を煩わせるなよ。家令はそう暇な職でもない」
聞いて良かった。お迎えはおじ様だった。坊ちゃまが探しに来るとなれば申し訳なさすぎて隠れたくなりそうだけど、おじ様なら喜んで待つ。
なにか伝わったらしい、エドモンドが半眼になる。リリーは慌てて頬を引き締めた。
「さて、ベッドへ行くか。今夜の内に分からせておきたい事が山ほどある。途中で気を失ってもいいが、止めない。覚悟しておけ」
もう既に逃げ出したい気持ちになっても、ぐるぐる巻で抱えられていては、文字通り手も足も出ない。
「ほどほどでお願いします」とは、言うだけ無駄だ。リリーは力なく頷いた。




