行儀見習いは「抗う」を選択する・3
なんともまあ、軽く発言を撤回してくれるものだ、と思う。タイアン殿下らしいと言えばらしくて、微笑ましいくらい。
「エドモンド殿下よりタイアン殿下の方が情報通なんだ。侍従長が隈なく網を張ってらっしゃるから」
それはファーガソン氏だ。リリーは迷路を抜けたところでお見かけした、如才のなさそうな紳士を思い浮かべた。
「急で申し訳ないけれど、今選んで下さい。国の言うことを聞いて修道院へ行くか、僕と一緒に来て違う道を選ぶか」
修道院へは行きたく、ない。日に何度もお祈りして神に仕える生活は、食べ物に困れば仕方がなくするかもしれないが、今の自分には想定外だ。
数カ月たっても出してもらえなければ、逃げ出すつもりでいたけれど、最初から行かないという手があるなら。
「マルコムと行く!」
勢いよく告げる。マルコムの表情が晴れた。
「なら、急ごう」
今いる各部署の集まる建物は、元々離宮のひとつなのだそう。地下の物置からタイアン殿下の離宮まで繋がる通路があると、マルコムは口早に説明した。
新人のマルコムまで知っていて、普段は双方施錠されているから通行できないだけなら、秘密というほどでもない。
不自然ではない程度の早足でマルコムとリリーは地下へと向かった。
タイアン殿下の宮は通過するのみで、下働きの人以外とは遭遇せず、そのまま庭を突っきって通りまで出て馬車を拾った。途中で時間調整と様子見をかねて中央公園を散策し、誰にもつけられていない事を確認した。
マルコムには驚かれたけれど、リリーはこういうことは元から得意だ。
「帰りなら花を買うよ」と言ったお客の顔は、一日中通りの人混みで気をつけて待つ。
「おかえりなさい」と声を掛ければ、高確率で買ってもらえるから。そして人につけられる気配に敏くなければ、横丁へ入った時などにお金目当てで籠を引ったくられる恐れがある。
マルコムにはそこまで説明しなかったから「さすが首席」とおかしな勘違いをされたままだ。
最終的に着いたのは、宝石商の個室だった。商談に使うための応接室らしい。お茶まで出してもらい、腰をおろすとリリーは黙り込んだ。
マルコムは「しばらく待っててください」と出ていく。
修道院が嫌でついてきてしまったけれど、この選択が良かったのかどうか。今の時点では何ともいえない。
修道院へ行きたくないだけなら、「しばらく留守にします。探さなくても帰ります」とでも書き置きして、ひとりで出ればいいんじゃないかと思う。
お金の大半はおじ様に預けているけれど、トムのおばさんの所に昔預けた分はそのままだ。知らせが行く前に取りに行けば、数カ月生活するくらいはある。
何も遠くへ行かなくても。クロエに頼めば、贅沢を言わなければ貸部屋は見つかるはずだ。少しの間街に身を潜めて進退を考えてから、行動すればいい。
私が本気だとわかれば、坊ちゃまも無理に追っては来ないだろう。
出るなら今か。リリーは、腰を浮かせた。




