最強はアイアゲート・3
部屋に聞こえるのは、薪のはぜる音だけ。寝ているのかと様子を窺えば、アイアゲートは瞬きもせずに火に見入っていた。
このまま、また眠るのかもしれないと、ジャスパーは話しかけずにいた。
「カタい」
ぽつりとアイアゲートが、言った。
硬い? 思わず息を詰めたジャスパーにかまうことなく、淡々と続く。
「暖炉の前の絨毯は厚くないと、硬くてお尻が痛いわ。いい羊がいるから毛をあげる」
それで絨毯を作ってもらえばいい、と勧める。出来合いの絨毯を買った方が簡単では? と思いつつ「いい羊ですか」と聞き返した。
「私の羊。リの一号と二号と三号。五号までいる」
「――変わった名前ですね」
「こった名前は覚えられないって言われたから。リリーの『リ』なの」
よく分からないが、半分寝ているアイアゲートに質問して、納得のいく返事が戻るまでの労力を考えると、聞き流そうとジャスパーは決めた。
羊毛の手配からしなくとも、よい絨毯は手に入る。
「お気遣いなく。良い物を用意しますから――次にあなたが来るまでに」
同じ部屋で過ごすのは、おそらく今夜が最後。この約束に意味などないと、アイアゲートも知っているのだろう。唇がかすかにほころんだ。
「毛が足りなかったら言ってね。あげる」
「その際には」
また部屋に静けさが戻った。しばらく待っても話す様子がないので、ジャスパーから尋ねる。
「パーティーで、父と話していましたね」
「うん」
「どのような事を?」
アイアゲートが視線を床に投げたのは、思い出しているのだろう。
「女だけど軍部でお仕事頑張ります」
一言で済まされた。もっと長かったように思うし、話す前には態度が尊大だと感じた父であるが、最後には肩を幾分落としていたように見えた。
「何か別の話もしたのでは」と問いたいが、今は無理だ。伝わる気配が眠い時のものだから。
異能で知識を落とすのは術者も疲れるらしく、アイアゲートは必ず身を寄せたまま寝入ってしまう。
勝手に帰るのも不自然だと、適度に時間を置いて、彼女から見ておかしくないように小さな演技をして起こし、それから自分が起こされるフリをする。
「ジャスパーはいつも途中で寝てしまうから」と悪びれもせず言ってのける。「一服盛っているのは、あなたでしょう」と返した事は一度もない。
大して効かない薬の入手先がエドモンド殿下である以上、殿下もまた「効かない薬」であるとはご承知なのだ。何も知らないのは、アイアゲートだけ。
そして彼女にとって安心安全な男であることを求めている。なんと身勝手で傲慢であることか。それが公国の頂セレスト家、グレイ家の仕える一族だ。
静かだと思ったら、いつの間にか眠っていた同級生が、コクリと前に倒れそうになる。ジャスパーは、頭をそっと自分の胸へともたせかけた。




