卒業式・2
迎えたのは校長と理事エドモンド殿下だった。何も聞かされていなかったけれど、贈呈者は坊ちゃまだったらしい。
先にジャスパーが箱を渡される。と、「ここでつけ替えてはどうか」とエドモンドが提案した。事前の説明では受け取るだけのはずだったが、当初から決まっていたかのように自然な流れで、ジャスパーはシャツからカフスボタンを外した。
つけ替えると袖口を見せる仕草をしてから、見守る人々に向け深く一礼する。拍手が大きくなった。
ジャスパーが下がってその位置をリリーに譲る。
お外向けの顔をしている坊ちゃまを見る機会はあまりない。館にいる時と違い、人を寄せつけない硬質な雰囲気は上に立つ方特有のものか。夜会のように額を見せた髪型もまた久しぶりで、リリーは急に緊張感が高まるのを自覚した。
「卒業おめでとう。今後の活躍を期待している」
ここまでは、先のジャスパーと同じ。そして目の前で開いた箱には、金色の櫛があった。梳かすためではなく、飾るための櫛だ。
「ありがとうございます」
これは箱に入れたまま皆に見せよう。思うリリーが手を出すと、箱がすっと遠のいた。
思わず坊ちゃまの顔を見ると、口元に微かな笑みが浮かんでいる。それもちょっと悪いほうの。
「そうか。自分でつけ替えるのは難しいと言うなら、私が手を貸そう」
一言も言っていないのに、まるでリリーが言ったことに返すよう。それだけで警戒してしまうのに、エドモンドは櫛を手に取り空箱をリリーに預けた。
空箱を捧げ持つリリーの頭に手が伸びた。身長差があるので、後ろに回らなくとも頭は見える。まさか。
エドモンドはまとめ髪から櫛を引き抜くと、髪を一筋も落とすことなく金色の櫛を差し込んだ。講堂は水を打ったように静かだ。
驚きすぎたリリーは、身動きひとつできない。これは例年のことなのか。いや、私が初代だったんだと、まわらない頭で考えていると、朝さした櫛が空箱におさまりカタッと蓋のしまる音で我に返った。
「坊……殿下」
坊ちゃまと言いかけて、言い直す。
「お前でも、普通の娘のような顔をするのだな」
済ました顔なのに、口調にからかいが混じる。つまりは、ぽーっとしていると言いたいのだろう。
「だってみんなの前で、こんなことするから」と苦情を申し立てたいところを我慢して、「あまりの栄誉に浴し、言葉が出ません」と取り繕う。
坊ちゃまは時々意地悪だ。よそよそしいと感じた気持ちは、もう吹き飛んでいる。
すぐ側で拍手が起こった、ジャスパーだ。一拍遅れて教職員席から響いたのはオーツ先生だろう。次第に拍手が大きくなる。
「ほら、笑ってやれ」
エドモンドに肩をトンと押されて、リリーは講堂を見渡した。スコットとカミラの顔が見えて、目頭が熱くなる。
「殿下が、共に一礼して下がるようにと」
ジャスパーが隣に立って、励ますような笑みを見せる。
三年間の成果がここにあった。




