思い出づくり・6
そして取り返した女物の財布を高々と投げ上げて、訴える。声は少し変えた。
「彼らよ! あの人達が盗ったんだわ!」
「それ、私の財布だわっ」
「私のお金がない!」
願った通りの反応があった。わあわあと騒ぎが大きくなるなか、床にしゃがむ三人組に掴みかかる男性が現れた。反撃されて組み合ったまま床を転げる。
リリーはポケットにあった自分の硬貨も投げ上げた。バラバラと音を立てて落ちる。金の落ちる音には、赤ん坊まで注意を引き付けられるものだ。
「まだ、持っているはずよ」
叫んでおいて皆が視線を奪われているうちに、ジャスパーの腕を引いた。
「逃げるわよ、ジャスパー」
目が点になるのが珍しいなどと、面白く感じている場合じゃない。薄暗いとはいえ、ここで多数の人に顔を覚えられては後々面倒な事になるかもしれない。彼はこれからどんどん有名になるのだから。
「今ならまだケンカじゃないわ」
ぐいっと引っ張り、フロアからの退散を目指す。
「では、これは何です」
「小競り合い」
人の間を小走りに抜けながら返す。無理があると言わんばかりの視線が刺さるのは、無視だ。今はそれどころではない。
「裏から出ましょう。あるんでしょ、裏口」
ジャスパーは到着早々に一通り見て回っていた。何かあったときの避難経路を確認していたのだろうけれど、それは今や逃走経路となってしまった。
「こちらです」
リリーを追い抜いてジャスパーが先に立った。
物がそこここに積んである雑然とした通路を速度を落とすことなく駆けているが、スカートのリリーにもついていける速さだ。加減してくれていると分かる。
足は速い方だけれど、両手でスカートをたくし上げ踵の高い靴を履いては、長く走り続けることは難しい。
馬車が迎えに来るまで、まだ時間がある。スコットには口の動きと手振りで「ここから別行動。馬車は待機でお願い。後から合流する」と伝えた。「承知」と目顔で返ったから、全部とは言わないが半分くらいは理解されたと思う。
スコット達はこのまま騒ぎが収まるまで安全な場所から様子を見て、適当なところで店を出るだろう。端のほうでは関係のない殴り合いが起こっていたようだから、若者が集まる店では喧嘩はつきもの――という事にさせて欲しい。
考えるうちに裏口へ着いた。
「待って。スコットの家まで走るのはさすがに無理よ」
速やかに引き手に指をかけたジャスパーを、リリーが止めた。
「させる気はありませんが、どうしますか。裏へ来たとみて、彼等が追ってくる可能性はあります」
案はあるのか、とジャスパーが尋ねるのに頷く。
「馬車の着く時間まで、見つからなければいいんでしょう?」




