思い出づくり・5
「何をする!」
女の子をかばった男性の抗議に、「うるせぇ、だまれ!」と怒鳴り返す声が響き渡り、辺りが騒然となる。
「ただじゃ済ませねえ」
優男の拳が握られた。
避ける自信はあっても、よけてばかりでは決着がつかない。相手は小柄だ、やられっ放しということはないはすだ。リリーも拳を握った。
「どうするって言うの?」
あえて挑発する。
いきり立って闇雲に突っ込んでくれれば、隙ができる。
ダンスは止まっているようだが、音楽はまだ続いていた。
リリーがくいっと顎を上げた時、「何の騒ぎです」とジャスパーが割って入った。尋ねながらリリーを背に庇う。それでは相手が見えない。
「前が見えないわ、ジャスパー」
横から覗こうとするリリーの苦情にかぶせて「どけよっ」と声がして、優男が殴りかかった。止めるだけかと思ったのに、ジャスパーは一歩も動かず、ためらうそぶりもなく殴り返す。
重い音とともに男の体が浮くようにして横に倒れた。
「何ごとですか」
リリーに背を向けたままで、聞く。
「スリなの。掏られそうになったから、捕まえてたところ」
会話の間に、倒れた男に同年代の男が二人駆け寄った。支え起こす。
「あら、私の知ってるスリは一匹狼だったのに、仲間がいたの。寂しがりやさんなのかしら」
リリーは独り言のつもりだったのに、あざける調子もそのままに大きく聞こえたらしい。床から三人揃って憎々しげに見上げた。
そこに「君! ぶつかっておいて謝罪なしか。謝りたまえ!」と、厳しい口調で詰め寄る男性があった。
見れば隣の女性のドレスには染みができている。あれではもう着られないだろうと思う。
仲間のひとりが「るっせえなっ」と、男性の脛を蹴りつけた。あまりの痛みにうずくまる隣りで「ケンカ! ケンカだわっ」と、別の女性が騒ぎ立てる。
ジャスパーは顔色ひとつ変えることなく、それを眺めていた。
相手は三人。こちらは二人でしかも一人はリリーだ。
先ほど寄ってこようとしたスコットは、指先の合図で止めた。カミラもいるし人数が増えては大ごとになる。
実質一対三でも、ジャスパーなら難なく勝てる。相手が素手なら身体能力強化も必要ないはずだ。
「喧嘩はまずいですね」
唇の動きも少なくジャスパーが言う。
「どうして?」
「学外での喧嘩は、校則で禁じられています」
リリーは目を見開いた。それは知らなかった。自分はともかくジャスパーはまずい。騒ぎが大きくなって学校に知られでもして総代を外されれば、経歴に傷がつく。とても、とてもよろしくない。
最速で頭を働かせる。経験上、このまま収まるとは思えなかった。むしろ外野まで加わる乱闘の気配が濃い。リリーは決心した。
「スリよ! スリだわ! 私の財布がないわ!」
できるだけ可憐に透明感のあるイメージで、しかもよく通るようにと声をあげた。




