白いウサギは甘い苺の夢を見る・1
社交上の付き合いで狩りに来ているエドモンドが、ウサギを眺めている。
気付いた家令ロバートは声を掛けた。
「連れ帰りますか」
ウサギを見ながら若き主が考えているのは、白いうさぎリリーの事だろう。
「いや」
即座に否定され意外に思うロバートに、エドモンドが言葉を続けた。
「タイアンの子羊を覚えているか」
ああ、とロバートは思い当たった。幼少時、大公家所有の牧場で弟殿下タイアンは子羊を大いに気に入った。飽きずに通い触れ合いを楽しんだと聞く。
そしてある時知ってしまった。自分の好きな「子羊のミートパイ」の肉こそ、あの子羊だと。
もちろんタイアン殿下の遊び相手となっている個体ではなく、別の子羊だ。
しかしそれから長い間、タイアン殿下は子羊が食べられなくなってしまった。
エドモンドはそれを言っているのだ。「タイアンの子羊がリリーのウサギ」になっては困る、と。
肉屋でウサギを見るたびに泣かれでもしたら、友人のトムも困るに違いない。
「鹿を追いには、お出掛けになりませんの?」
後方で、華が咲くような艶やかな声がした。
公都から一番近い狩場で開かれた今回の狩猟会には、前回とは違い淑女も多数出掛けて来ている。
滞在するのは狩場を所有する侯爵家の別邸。
今、姿を見せた女伯爵エレノア・レクターもその内のひとりだ。
普段は狩りなどしない紳士も、淑女目当てに参加する。例年この鹿狩りはそんな位置付けである。
ボウタイブラウスの上に動きやすい上着を身につけ、スカートにブーツを履いた女伯爵は、馬にも乗れるはずだが、ロバートの知る限りここに来て一度も乗っていない。
つまりはエドモンドと会うために来ているのだろう。
「昨日の雨で足下が悪い。私の馬は泥濘を嫌うのでね」
エドモンドは挨拶も省略している。
「泥濘を嫌うのは、乗り手もご同様なんじゃございませんこと?」
美しい唇で甘い声を出す女伯爵に、ロバートは立ち位置を譲った。
「何を眺めていらしたの?」
木々の間に森を歩く淑女が見える。その事をひやかしているのだろう。
「ウサギを見ていた」
どこに、というようにエレノアが目を凝らすが、同じ場所にいつまでも居るものでもないウサギの姿は、とっくに無い。
何かの比喩かしら? と言いたげに形のよい眉を片方吊り上げるエレノアにエドモンドが答える。
「ロバートが最近ウサギの世話を始めた。それで私もウサギと見ると眺める癖がついたようだ」
エレノアが、ロバートを初めて認識したかのように顔を向ける。
「左様でございます」
肯定すると「本当なのね」と呟いた。




