思い出づくり・2
ジャスパーには予定があったらしい。難色を示した。
「じゃ、いいわ。ジャスパーとはまた別の日に別の場所へ行けば」
ダンスホールへ行くと決めているリリーは、熱心に誘いもしなかった。空気が固まるのも無視だ。
「――いえ。記憶違いでした。その日に先約はありません。私も行きます」
ジャスパーに記憶違いなどあるはずもない。譲ったのだろうが、そこは深追いせず「そう? 良かった。一緒の方が楽しいもの」で済ませる。
複雑な表情には気がつかないふりをして、続く言葉をリリーは良い笑みで封じた。
スコットの家から出かけ、夜遊びをしてスコットの家に泊めてもらい、寮には翌日に戻る計画を立てた。
スコットの両親は若い頃は遊び人で通っていたらしい。「ナイトスポット」に詳しく、お父さんは「ダンスホールなんぞ健全なものだ」と軽く言い、馬車まで仕立ててくれるという。
お母さんは、若い娘が着られそうな自分のドレスを貸してくれた。
「総代のふたりと将来のお嫁さんが遊びに来てくださるなんて」と、楽しんで飾り立ててくれる。なんなら自分も行きたいと口走り、スコットに嫌われていた。
「私も若い頃は、男性にチヤホヤされたものよ」とご本人がおっしゃるのだから、間違いない。
日が落ちて一番盛り上がる時間帯を目指し、四人揃ってダンスホールへ出かけた。室内は薄暗く、誰も彼もが美男美女に見えるのは不思議。
天井はさほど高くなくゴツゴツと岩肌を模した壁の陰影も相まって、集まる人々に親密な雰囲気を作り出す。
着いて早々バーカウンターで飲食物を買い、壁際のテーブルに自分で運び、周囲を観察する。
「昔、父さん達の若い頃は賭博場だったって」
「賭博に比べれば健全よね」
「穴ぐらみたいな造りだわ」
スコットとリリー、カミラが囁きあう。
街にある若者向けダンスホールのうちでも、ここは比較的入場料が高く、安全とされる。それでもジャスパーは「ひとまわりして来ます」と室内を確認しに出かけた。
再び合流すると、声をひそめて言う。
「お父上のおっしゃるように、余裕ある層がほとんどのようです。ですが皆すでにかなり酒が入っています。カミラから目を離さないでください、スコット」
「危なくないんでしょう」
ジャスパーの目は、そう聞いたリリーの持つグラスに止まっている。既に二杯めだと、まさか気がつかれたのか。
「新顔の女性には声をかけるという流儀があるようです」
苦々しげに口にする。
「それってダンスに誘うってこと?」とカミラ。
「口説くってことだよね」これはスコット。
「ちょっと面白そう」
リリーの一言に、バッと音を立てるように三人がこちらを向く。
何かおかしな事を言った? と、気にせずグラスを口に運ぶリリーに。
「あなたは、絶対に、ひとりにならないでください」
有無を言わさぬ調子でジャスパーが告げた。




