聖祭
ロバートは信心深いほうではない。教会との付き合いは、社会生活上の礼儀としてであり、その辺りは主の志向に合せてのことだ。
年末の聖祭。今年もエドモンドは公務として出席している。そして今、真摯な眼差しで説話を聞くリリーと共にロバートも一般席にいた。
毎年の同じ話を聞き流しつつ、ふと先日の会話を思い出し、優秀な家令には滅多にない事だが、こみ上げる笑いを苦労して堪えた。
その日、珍しくリリーは小声で歌っていた。切れ切れの歌を注意深く聞くロバート。主もいつもの一人がけソファーで耳を澄ませている。
「我が学院に栄光あれ」
そこまで聴いてようやく校歌だとわかった。
まさか上機嫌に歌うのが校歌であるとは。歌劇や歌会へ連れ出すべきではないかと考えるロバートは、ふと主を見た。
「やはり、ぴよぴよと聞こえないか」と目配せしている。
「いえ、確実に上達しております」
本人の知らぬところで、無言のやり取りを交わしていると。
何かを思いついたらしいリリーが、目をくりっとさせた。
「お友達がね、『キスをすると唇が腫れる』って困ってるの」
ロバートの手元で、アップルパイに添えるつもりのクリームがぼたっと落ちそうになる。
「慣れないから? 私がならないのは唇が丈夫にできてるのかしら」
どこまで真剣なのだろうと思えば、本人は至って真面目に返答を待っている。対するエドモンドが平然としているのは、さすが公国一の貴公子と言うべきか。
「何でも覚えたては夢中になるものだ。熱心に繰り返しているのではないか」
とても大人の対応だった。
「熱心なだけで、そんなになる?」
食い下がるリリー。やめておけばいいのに。
エドモンドの口元に笑みが浮かぶと同時に、リリーが警戒した。と、ロバートにも分かる。
「お前の『友人の恋人』が誰だかは知らないが」
これは、カミラの恋人から婚約者になったスコットのことだと、絶対に知っている顔だ。ロバートに見当がつくのだから、主に分からないわけがない。
「吸い付くタイプの男だ。衿元や見える場所に気をつけるよう、友人に助言するといい」
エドモンドが自分の喉元をトンと示す。要領を得ない様子のリリーに重ねて聞かせる。
「独占欲の強い男は、他人から見える場所にマーキングしたがるものだ」
「マ……マーキングって。スコットは犬じゃないわ、坊ちゃま」
ほんのりと色づいたリリーの頬を眺めてエドモンドが笑う。ロバートからみればもはや、悪い大人の笑みだ。
「スコットの話だったか。キスしかできないと、そうなりもするか。もっと親密になれば、キスなど通過点だ。興味が他に移れば唇が腫れることもない」
視線がわざとらしくリリーの唇から胸さらに下へと辿る。合わせて自分の身体を見下ろしてリリーが赤くなる。
「坊ちゃま! いかがわしい!」
「お前がふった話だろう」とかわしたエドモンドが、皿を出せと合図する。
ロバートは「何も聞いてはおりませんよ」という顔で、アップルパイを差し出したのだった。
思い出し笑いなどという不謹慎な事をしたせいか、リリーがロバートの袖をそっと引く。
「おじ様、この長いお話はいつ終わるの?」
説話を真面目に聴いていると思ったのに、飽きていたらしい。
「もうじきに済みます。お寒くはありませんか」
大丈夫とうなずく。いつまでも小さな女の子のように扱ってしまうが、リリーも嫌がりはしない。可愛くて仕方がない。
幸せがいつもこの子とありますように。ロバートは心から祈った。




